バイデン大統領と習近平主席の首脳会談が15日、サンフランシスコ郊外で実現した。会談時間は4時間に及んだとされる。両首脳は軍部同士の対話再開など、緊張関係の緩和に向けた対策で合意した。台湾問題で不測の事態を避けるという点では大きな意味があった。とはいえ、ウクライナやガザで起こっている局地的な戦争回避に向けて、両首脳が主導的な役割を演じたわけではない。あくまで米中両国の2国間関係におけるある種の緊張緩和策で合意したに過ぎない。軍事面でも経済面でも、世界のトップに君臨する大国同士の首脳会談としては物足りない気がする。成果がなかったとは言わないが、期待した以上のものではなかった。挙げ句の果てに会談終了後バイデン大統領は、「習氏は独裁者」との挑発的な“迷言”を吐いている。習主席は面白くないだろう。言わずもがなの発言なのか、その真意はよくわからない。

今回の首脳会談についてロイターのコラムニストであるUna Galani氏は。「周到に準備されたものであるが、(両首脳の)握手は弱々しいものだった」と評価する。理由は「低かった期待値を上回る成果を収めたが、同時に世界の国内総生産(GDP)の4割を占める両国による協力の限界も浮き彫りにした」からだという。ウクライナやガザを見るまでもなく、世界ではいま局地的な惨劇が絶えることなく続いている。西側陣営を代表するバイデン大統領と、強権主義国家を代表する習主席の会談である。大局的観点から歴史に残るような成果を期待するのが人情だろう。だが、Galani氏によると「(成果は)ワーキングランチに並んだタラゴン風味のローストチキンとハーブ風味のリコッタラビオリと同じくらい当たり障りのないものだった」という。味はともかくメディアの報道を見る限り「大したものではない」気がする。

緊張緩和に努める一方で両首脳はお互いに「釘を刺す」ことも忘れなかった。習主席が「中国を変えようとするのは非現実的だ」といえば、バイデン氏は会談終了後に記者団の問いかけに「独裁者」と発言した。正確には「われわれとはまったく異なる政治形態に基づく共産主義国を率いる人物という意味で彼は独裁者だ」(ロイター)と言っている。中国外務省の毛寧報道官はこの発言について、バイデン氏を名指しすることは避けたうえで「強く反対する」と述べている。要するに狸と狐の化かしあいだ。世界中に向かって発信する“建前”と“本音”が乖離している。首脳会談と称する一幕一場の寸劇を建前ベースで演じているに過ぎない。表面をいくら取り繕っても、「貿易や金融、人材、地政学的なノイズを分析すると、両国の意識的かつ構造的なデカップリング(分断)の方向性があらわになる」(Galani氏)、それが今回の首脳会談の本当の意味かもしれない。

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