NTTグループなどからの資金調達を発表するサカナAIのハCEO(左から2人目)とジョーンズCTO(中央)、伊藤COO(右から2人目)の3人(1月、都内)

米グーグル出身の著名研究者らが日本で立ち上げた人工知能(AI)開発の新興企業、Sakana(サカナ)AI(東京・港)が本格始動した。創業から1年足らずで国内外から10人の異能が集い、企業価値は300億円規模に達した。米テクノロジー企業が主導する市場にゲームチェンジを仕掛ける。

異なるAIの「掛け合わせ」で進化加速

「めざす方向に近いことができた」。日本のAI開発をリードするプリファード・ネットワークスの執行役員などを経てサカナAIに加わった秋葉拓哉氏は、3月21日に発表した研究成果の手応えを語る。大規模言語モデルなど生成AIの基盤となる技術の開発を自動化し、桁違いに効率化できる可能性を示した。

新手法では「進化的アルゴリズム(計算手法)」と呼ぶ技術を使い、異なる特徴を持つ複数のAIを掛け合わせて優れたAIを生み出す。短時間で生物の進化を促すように1日に数百世代の「交配」を重ね、高度化させる。研究で重要な役割を果たしたグーグル出身のユジン・タン氏は「未踏の領域で広範な可能性を示している」と強調する。

サカナAIが狙うのは生成AI開発の革新だ。独調査会社スタティスタは生成AIの世界市場が2024年に666億ドル(約10兆円)に達すると見込む。幅広い知的作業の生産性を高めると期待される一方、背後にある不都合な真実も無視できなくなった。

大規模言語モデルなどの性能を高めるには、高性能の半導体を用いて膨大なデータを学習した巨大なAIをつくる必要がある。最先端の技術やビジネスは資金力のある米テクノロジー企業が寡占し、開発や運用に大量の電力を消費する課題も抱える。

サカナAIはこうした発想と一線を画す。小さな魚が群れを形成するように小規模なAIを組み合わせて高度な知能をつくる目標を掲げる。3月に発表した研究成果は実現に向けた第1弾だ。大がかりな計算基盤を使った学習に頼らず「日本語で数学の問題を解く大規模言語モデル」などを実際につくってみせた。

同社は23年7月の創業ながら、背負う期待は大きい。24年1月には米有力ベンチャーキャピタル(VC)やNTTグループなどから総額約45億円の資金調達を発表した。日本のAIスタートアップの創業初期の調達としては異例の金額だ。企業価値はすでに2億ドル(約300億円)規模に達した。3月の成果発表などを受けてさらに高まる可能性がある。

グーグルの著名研究者らが創業

サカナAIの成り立ちは独特だ。共同創業者にはグーグル出身のデビッド・ハ氏とライオン・ジョーンズ氏が名を連ねる。ジョーンズ氏は17年にグーグルが発表し、現在の生成AIの土台となった論文の共同執筆者の一人だ。

シリコンバレーでも起業できたはずなのに、なぜ日本を選んだのか。最高技術責任者(CTO)を務めるジョーンズ氏は「最もシンプルな答えは日本が好きだから」と話す。休暇で訪れた日本の食事や文化に関心を抱き、グーグル日本法人での勤務を経て東京で独立した。

最高経営責任者(CEO)のハ氏は「本当にインパクトのあるAIの研究をしたいのであれば、グーグルや米オープンAIの後追いをしているだけではいけない」と力を込める。他社と似たことをしていては埋没しかねないという意識も、東京を創業の地に選ぶ動機になった。

サカナAIは研究開発の方向性に共感する人材を海外からも採用するが、勤務地は原則として日本だ。日本の環境に魅力を感じる人が集まれば腰を据えて研究する強固なチームができる。人材が短期間で入れ替わりやすい米国企業とは異なる強みになり得る。

「これまでとは違う方法で基盤モデルをつくってみたいというビジョンに対する共感は大きいものがある」。もう一人の共同創業者で最高執行責任者(COO)の伊藤錬氏は、人材獲得においても独自の戦略が重要な意味を持つと説明する。同氏は外務省出身でメルカリ執行役員などを務め、国内外の企業や政策当局、投資家に豊富な人脈を持つ。

ジョーンズ氏が「つくりたいのは日本語ベースの言語モデルだ」と言うように、サカナAIは日本で使われる技術に重きを置く。「Chat(チャット)GPT」など米国発の生成AIの日本語処理能力は英語に比べ低いケースが多く、参入余地は大きい。

タイ出身で、グーグルなどを経てサカナAIへの参加を決めたカラーヌワット・タリン氏は「日本の社会、文化に合うAIは日本でつくるべきだ」と話す。日本で古典文学を研究し、AIで「くずし字」を認識するアプリなどを開発してきた。

フランスやインドでも生成AIの国産化をめざす新興企業が躍動し、米テクノロジー企業とは異なる勢力が各地で台頭する。ドイツのベルリン工科大学などで研究に取り組んできたロバート・ランゲ氏は「世界は複数の大規模言語モデルを必要としている」と話す。

サカナAIの創業者の3氏は会社設立時に「日本発でグローバルに活躍する初めてのスタートアップを自分たちの手でつくる」という目標を共有した。開発は始まったばかりで、すぐに大きな利益を生むわけではない。成長に道筋をつけるには、技術の利用者を日本からアジアや世界に広げる必要がある。壮大なビジョンの実現に向け、さっそく研究開発力の真価が問われる。

(生川暁)

【関連記事】

多様な観点からニュースを考える

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

  • 藤元健太郎のアバター藤元健太郎D4DR 社長コメントメニューひとこと解説シリコンバレーやシアトルなど西海岸はAIなどの優秀な人材も集まるが,争奪戦も激しく人件費や生活費も高騰している。ビッグテックの競合も少なく,そもそも生活のベースの魅力的な価値(低生活コスト,安心安全,食,文化など)が大きい日本は今後ますますグローバルなスタートアップのヘッドクオーターや主要拠点に選ばれることが増えていくのではないだろうか。グローバルな高度人材をどんどん日本に集めるための規制緩和や優遇施策を増やすのも戦略として重要だろう。2024年4月3日 13:15