先の総選挙で自公連立政権が過半数を割り込んだことで政策論議が活発になってきた。総選挙直後にこの欄で「ピンチはチャンス」と書いたが、安定政権が消滅した途端に国民にとってプラスとなる政策論議が活発化するのだから、不思議と言えば不思議な話だ。それはさておき国民民主党が公約に掲げた103万円の壁が崩れるかどうか、まだ判然としない。水面下で“ザイム真理教”と揶揄される財務省が動き始めているからだ。国民民主が掲げている103万円の壁を178万円に引き上げる公約をめぐって、彼らはいま与野党を問わず有力な国会議員や主要メディア、有識者の間を駆け回っている。何をしているのか、得意技である「ご説明」と称して国民民主の公約がいかに無謀であるか、懇切丁寧に説明しているのだ。その最大の論拠がこの壁を撤去することに伴う財源不足だ。7兆円から8兆円に達すると強調している。財政危機に拍車がかかるというのだ。

現行の税制体系の中にそのまんまこの金額を組み込めば、多分その通りの財源不足が発生するのだろう。103万円の壁は基礎控除48万円、給与所得控除55万円から成り立っている。内訳はともかくこれを178万円に引き上げれば低所得者から富裕層まで例外なく減税される。トータルでは7〜8兆円の財源不足が生じることになる。だが国民民主の提案はそこまでかっちりとしたものではない。まず第1に178万円という数字自体が、過去30年の最低賃金の伸び率をベースに弾き出されている。約30年間に最低賃金は611円(1995年)から1055円(2024年)に1.73倍上昇している。103万円を1.73倍すれば178万円になる。要するに失われた30年の間に政府は国民の所得税に関する壁を据え置いてきた。言葉は悪いが庶民の生活は無視してきたということだ。これを推進した張本人が財務省。政府・与党は財務省の言うことを忠実に守ってきただけだ。

自公連立政権が過半数を割り込んだ原因は裏金疑惑だけではない。財政再建を錦の御旗にして国民生活を犠牲にしてきた咎めもある。財務省に逆らえば脱税疑惑で摘発される。なんせ国税庁という強い味方を牛耳っているのだ。誰も財務省に逆らえない。主要メディアも御用学者も例外ではない。逆らえば税務調査が入る。安倍元総理は「(財務省は)気に入らない政権は倒しにくる」と回顧録に書いている。「ザイム真理教」の著者である森永卓郎氏は近著「書いてはいけない」の中で次のように記す。「国民は財務省の官僚を選挙で選んだわけではない。国民に選ばれていない人が、国権の最高権力者として君臨するとういう統治機構は明らかにおかしいのだ」。その通りだ。現行税制を国民に近づけるには時間がかかる。それと参院の過半割れも不可欠だ。社会保障費を含め壁は無数にある。抜本改革を展望しながら、とりあえずは例外措置として壁の最低限を178万円に引き上げるしかない。