裁量労働制のデータ問題を巡る主な経緯

 「意図的ではなかった」。裁量労働制を巡る厚生労働省のデータ問題で、同省は19日、条件の違う二つのデータを比較したことについて、担当者の認識不足が原因と説明した。一方、野党側は、裁量労働制の対象拡大を含む働き方改革関連法案に関し、「都合のいいデータを捏造(ねつぞう)したのでは」と、追及の手を緩めない。

 19日にあった裁量労働制のデータを巡る野党の会合。議員からは「不適切どころか、全く違うデータを出している」などと政府への批判が相次いだ。出席した厚労省の担当者は「おわび」を繰り返した。野党側が疑念を抱いているのは、問題のデータは裁量労働制の対象拡大を実現するため、政府が作ったのではないかという点だ。立憲民主党の長妻昭代表代行は「官邸主導で指示が下りてきて、今回の事件が起きたのではないか。撤回して調査をやり直してほしい」と求めた。

 厚労省によると、問題となった「労働時間等総合実態調査」は2013年4~6月、同省の労働政策審議会分科会の資料にする目的で実施した。同年10月の分科会会議で調査結果をまとめた冊子が配布されている。ただ、この段階では、質問方法の違う一般労働者と裁量労働制で働く人とを比較する集計データは作成されておらず、一般労働者についての1週間や1カ月の残業時間が記されていただけだった。

 比較するデータが作られたのは、調査から約2年が経過した15年3月。一般労働者の数値は1カ月で残業が最も長い日の時間を調べたもので、1日の労働時間を調べた裁量労働制とは性格が異なり、比較できるものではなかった。しかし、厚労省の説明によると、担当者は違いに気づかないままデータを作成し、決裁した上司の課長や労働基準局長も見抜けなかったとしている。19日に記者会見した厚労省の土屋喜久審議官は「意図的に数字を作ったということではない」と述べ、野党の「捏造疑惑」を否定した。

 データは15年7月の衆院厚労委で塩崎恭久前厚労相が答弁に使用し、17年2月にも同様の答弁がされた。安倍晋三首相も1月29日に「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と答弁している。

 厚労省がデータの問題点に気づいたのは、野党議員から数字の問い合わせを受けて精査した2月1日。加藤勝信厚労相には同7日に報告され、首相の答弁撤回はさらにその1週間後の同14日だった。撤回は野党が国会でデータへの疑問点の追及を始めた直後で、政府関係者は「このままでは国会審議が持たないと官邸側が判断した」と明かす。

 裁量労働制の対象拡大は政府が今国会への提出を目指す働き方改革法案に盛り込まれ、野党は法案から外すよう求めている。厚労省幹部は「法案から外すことは考えていない。経済団体の理解が得られないし、労使の思惑が絡んだガラス細工のような法案なんだから、外せば壊れてしまう」と話している。【古関俊樹、後藤豪、阿部亮介】

労組「ごまかし横行」

 裁量労働制で働く人には、あらかじめ決めた「みなし労働時間」に基づき残業代込みの賃金が支払われる。労働者が働き方を自分で決められるという利点があるが、仕事の量をコントロールできなければ長時間労働につながりかねない。また、本来は対象とならない労働者にも適用されるケースが確認されている。

 各地の労働基準監督署が昨年12月に是正勧告をした野村不動産のケースでは、営業活動をしている課長級職員ら約600人に対し、経営の中枢で企画立案をする社員が対象の「企画業務型」の裁量労働制を違法適用していた。労基署は「大半が対象業務に該当しない」として、未払い残業代の支払いを勧告した。

 労働組合「裁量労働制ユニオン」には昨年8月以降、制度に関する相談が約40件寄せられている。大半が「みなし労働時間より実際の労働時間が長いのに残業代が支払われない」という内容。契約書を交わさずに、口頭だけで制度が適用されている事例もあるという。坂倉昇平代表(34)は「制度の悪用やごまかしが横行している」と指摘する。

 裁量労働制は、仕事のやり方や時間配分を自身で決定できる労働者に対象が限られる。ただ、年収や雇用形態などの要件はなく、契約社員や最低賃金で働く労働者にも適用が可能だ。仕事量が多ければ長時間労働は避けられず、厚労省によると、2011~16年度に裁量労働制で過労死したと労災認定されたのは22人、精神疾患による認定は39人にのぼる。

 労働問題に詳しい市橋耕太弁護士は「裁量労働制は労働者にはメリットが少ない。みなし労働時間になると使用者側の時間管理がおろそかになり、長時間労働が放置される可能性がある」と強調する。【後藤豪、古関俊樹】