[東京 28日] – ドル/円は25日、フラッシュクラッシュのあった今年1月3日以来久々に107円台を割り込み、106円78銭の安値を付けた。ここまで来ると、105円ちょうどの大台割れや、年初来安値の104円87銭が次の下値メドとして視野に入る。 

ドル安/円高のきっかけは、18─19日の米連邦公開市場委員会(FOMC)だ。注目されていたFOMCメンバーによる政策金利見通し(ドットチャート)は、17人のメンバーの分布を中央値でみると、2019年は8人が2.375%と、「政策据え置き」を予想。ただ、7人は1.875%と、年内2回の利下げを見込んでいた。 

前回3月時点のドットチャートでは11人のメンバーが「据え置き」予想だったことを踏まえれば、この3カ月でメンバーの分布は明らかにハト派にシフトしている。また、FOMC後のパウエル連邦準備理事会(FRB)議長の会見も「予防的利下げ」の可能性を強調するものとなった。 

問題は、足元の「催促相場」がどこまで続くか不透明なことだ。フェデラルファンド(FF)金利先物から読み取れる市場参加者の「7月FOMCでの利下げ確率」は、6月のFOMC直前までは8割だったが、FOMC後に100%に達し、米10年債利回りも2.11%から1.97%まで低下した。一部では7月の利下げ幅が50ベーシスポイント(bp)になるのではないかとの見方も出始めている。FOMCが市場の「催促」に応え、ハト派に傾けば傾くほど、さらに市場の利下げ期待が増すため、ドットチャートと市場予想のかい離は一向に縮まらないという構図だ。 

あくまで予防的な措置であれば、7月に利下げが決定されたところで打ち止め感が広がって、米長期金利もドルも反転、上昇すると考えるのが妥当だろう。しかし、市場では現時点で来年末までに4回の利下げが織り込まれており、7月にたった1回の利下げを実施しただけでは打ち止め感は出そうにない。ひょっとすると、利下げにより、催促ムードがさらに強まって、4回の利下げ予想が5回になる可能性もある。 

当社の試算では、4回の利下げが必要とされる経済状況は、失業率が4.2%まで上昇、インフレ率は1.4%まで低下、米供給管理協会(ISM)製造業景気指数が41まで低下するような環境である。つまり、市場は現時点で完全に「景気後退」を織り込んでいるわけで、足元の米経済を踏まえれば、やや行き過ぎ感が否めない。 

したがって、どこで催促相場が終わるかは、やはり米経済指標次第ということになる。今後、仮にISM製造業景況指数が50を割り込む、あるいは、雇用統計で雇用の伸びが連続して縮小する、賃金の伸びが低下するなど、実体経済の悪化が認められれば、市場の利下げに対する催促は一段と進むだろう。しかし、これらの悪化に歯止めがかかれば、利下げ回数の織り込みも徐々に縮小し、米長期金利とドルも持ちなおすのではないか。 

<部分的でも米中合意なければ「円高/ドル安」要因>

こうした状況下で、ますます重要性が増しているのが、トランプ米政権の政策だ。 メキシコに対する制裁関税の発動は見送られたものの、トランプ大統領が同制裁関税案を発表した時、グローバル企業の間では衝撃が走ったに違いない。 

ポイントは、貿易摩擦の結果としての関税引き上げではなく、「不法移民の問題にメキシコが対応していない」との理由による制裁関税だったことだ。これがまかり通るなら、トランプ政権は今後も諸外国と摩擦が生じれば、理由はどうあれ「制裁関税」をかける恐れがでてくる。こうした不透明感を企業が不安視すれば、グローバルサプライチェーンにも影響するだろうし、企業の景況感にも影響を及ぼしかねない。 

米中首脳は大阪で開催される20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)に合わせ、29日に会談する予定だ。香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(電子版)は27日、関係筋の話として、米中両政府が貿易戦争の「一時休戦」で暫定合意したと報じた。「追加関税が見送られる」との期待から、ドル円は108円台を回復したが、一時休戦であれ、継続協議であれ、今回部分的にでも合意がないようであれば、単に問題が先送りされるに過ぎない。 

この間、既に発動されている制裁関税を一部撤廃するなどの措置が取られない限り、問題が長引けば長引くほど、中国はもとより米国経済にも悪影響が及ぶことになる。したがって、問題の先送りは長期的にみれば円高/ドル安要因だ。一日も早く協議が再開され、合意への道筋がつけられることを期待したい。 

興味深いことに、2017年のトランプ大統領就任以降、ドル円のボラティリティーは一貫して低下傾向にある。2017年1月20日には12.24%だったドル円1カ月物のボラティリティーは、2019年6月の本稿執筆時点では、6.40%となっている。同大統領による徹底した保護主義と制裁関税、ツイッター上での激しい発言などをみるにつけ、むしろボラティリティーは上昇していてもおかしくないはずだが、不思議なことに実際はその逆だ。 

その理由としては、ドルと円の連動性が高まっていることが挙げられよう。 

ドルと円の名目実効為替レートをみると、特にトランプ大統領が就任した2017年以降、どちらもほぼ同様の動きとなっている。これに対し、新興国通貨は逆相関となっており、リスクオンでは新興国通貨が買われてドルと円が売られる、リスクオフでは新興国通貨が売られてドルと円が買われる、という通貨の力関係が、ドル円の値幅を小さくしているようだ。低金利環境で金融市場が「リスクオン・オフ」といった形で市場心理に左右される時、相場変動の主役は株式や高金利通貨などのリスク資産となり、流動性が高く低金利であるドルと円の力関係は微妙な差はあれど「綱引き」になりやすい。 

6月のFOMC後の値動きをみてもそうだ。米長期金利の低下によってドル安が進んだ一方で、米株高によるリスクオンで円にも下落圧力がかかり、これがドル円を下支えした。 

FRBの利下げに対する催促相場はしばらく続きそうだが、一方でじりじりとドル安/円高傾向が続くだろう。ただ、上述したようにドルと円の力関係が綱引き状態にある中で、ドル円が一気に105円を割りこんだり、100円ちょうどを目指したりするような一本調子のドル安/円高にはなりにくいとみている。仮にドル円が105円を割り込むとすれば、それは日銀の追加緩和に対する催促相場の始まりなのかもしれない。 

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。  6月28日、米FRBの利下げに対する催促相場はしばらく続きそうだが、ドルが一気に105円を割りこんだり、100円ちょうどを目指したりするような一本調子のドル安/円高の可能性はあるのか、ソニーフィナンシャルHDの尾河氏が今後の相場を予想。2017年撮影(2019年 ロイター/Dado Ruvic)尾河眞樹氏 ソニーフィナンシャルホールディングス 執行役員兼金融市場調査部長

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。