山田 徹也 : 東洋経済 記者

2019年11月に来日したIMFのクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事(右)はさらなる消費税増税を訴えた。左はIMFの日本チームを率いたポール・カシン氏(撮影:尾形文繁)

・消費税率を2030年までに15%に、2050年には20%へ引き上げよ――。
IMF(国際通貨基金)が加盟各国の政府と毎年1回、経済の現状や経済政策などについて話し合う「4条協議」の報告書が2月に公表された。
・2019年は「人口減少と高齢化」をテーマに、2019年11月の約2週間、IMFのスタッフが来日し、内閣府や財務省、日本銀行のほか、岡山県や埼玉県、産業界の代表などと面談し、報告書の形にまとめた。
・4条協議では「アベノミクスの戦略は今も適切である」と評価する一方、「人口動態による逆風が強まるにつれて、マクロ経済上の課題も増えている」と指摘されている。対日4条協議の日本チームを率いたIMFアジア太平洋局のアシスタントディレクター、ポール・カシン氏に書面インタビューを行った。

生産性の低下にどう対応するか

――今回の4条協議の主要なテーマは何だったのですか。

協議における主要な焦点は、日本の人口動態が与えるマクロ経済的な影響についてだった。急速に進行する高齢化と人口減少が、日本経済と経済政策の中心的な問題となっている。インフレ率とインフレ予想を引き上げ、公的債務を安定化させ、潜在成長率を高める相互補完的な政策が必要とされている。

――2013年に始まったアベノミクスは8年目に突入しました。たしかに、景気拡大が続き、人手不足が懸念されるほどに失業率は低下していますが、積み残された課題の1つは、生産性(潜在成長率)が趨勢的に低下していることです。

予想されている労働力人口の減少は、潜在成長率にマイナスの影響を与える。しかし、資本とTFP(全要素生産性)と労働が、低いけれども潜在成長率にプラスの影響を与える。日本では情報通信技術や自動化の活用が進み、製造業の生産性の伸びは非製造業よりもずっと高かった。今後も、こうした技術がTFPの伸びを支え続けるだろう。

アベノミクスは成功を続けている。2013年以降、金融環境を緩和的にし、財政赤字を削減し、雇用を増やして女性の労働参加率を高めた。にもかかわらず、物価上昇に向けた努力は目標に届かず、現在の政策のもとでは公的債務残高のGDP比率は上昇し続ける見込みだ。

3本の矢からなるアベノミクスの基本的な戦略は今も適切だが、日本は人口減少というマクロ経済上の逆風に一層さらされるようになっており、長い目でみて日本にとっての(成長の)チャンスは減少していくだろう。IMFとしては、今回の4条協議で人口減少と高齢化というテーマを強調した。低下し続ける自然利子率は金融政策の波及する経路を一層弱め、社会保障支出の増加によって財政的な余裕も制約される。

IMFの提唱する(労働市場改革や規制改革などの)改革のパッケージを実行すれば、潜在成長率を最大0.5%ポイント引き上げ、日本が抱える人口減少による成長減速の大部分を和らげることができる。その中でも労働市場改革が最優先の課題になる。

――アベノミクス下での日本経済のもう1つの特徴が、企業貯蓄が大きく積み上がっていることです。このことが、家計消費が弱い一因にもなっています。

企業部門の貯蓄から投資を差し引いた「純貯蓄」は、1990年代のバブル崩壊で不動産価格が大きく低下して以降、顕著に増加した。しかし、これは家計部門と政府部門の純貯蓄の減少と相殺されている。(日本経済)全体でみて、日本の純貯蓄は過去40年間、GDP比3%程度で上下しながら推移してきた。

ポール・カシン(Paul Cashin)/オーストラリア出身。エール大学で経済学博士号を取得。1993年にIMFに入り、調査部門を皮切りに、中東・中央アジア局などでヨルダンやインドの調査チーフを務める。2013年3月からIMFアジア太平洋局のアシスタントディレクターを務める(写真:IMF)

われわれが調査中の研究によると、企業部門の貯蓄の積み上がりにはいくつかの原因がある。主なものに、バブル崩壊以降の低金利によって生じた企業のデレバレッジと関連して、資産収入が増えていることがある。さらに、より賃金の低い非正規労働者の雇用が拡大することに伴う、労働分配率の低下も寄与している。

賃金上昇を促すいくつかの政策対応が考えられるが、優先度が高いのは、非正規労働者の職業訓練の機会を増やすことで、これは生産性と賃金を高める。(最低賃金の引き上げなどの)所得政策も賃金上昇を促すだろう。

最低賃金や公務員賃金の引き上げが重要

――過去5年程度の4条協議後の声明文をみると、以前は所得政策への言及が目立っていました。2019年は所得政策への言及が弱くなっている印象があります。

2019年の4条協議の報告では、まず賃上げをした企業に対する、さらなる税制優遇のほか、最低賃金の引き上げや公務員や公的団体の賃金と社会給付の引き上げ、低所得世帯を保護しつつ、公共料金の価格決定においてコストを反映させることなどを推奨した。

さらに、保育や介護分野における労働者の賃金引き上げも求めている。こうした政策は名目賃金と物価を上昇させるだろう。

――最低賃金や公務員賃金について、どこまで引き上げるべきという具体的な金額はあるのですか。

最低賃金の具体的な数値はない。公務員の賃金についても(いくら引き上げるべきだという)特定の数字はない。

――日本の公的債務はGDP比で200%を超える水準まで積み上がっています。潤沢な経常収支黒字がこれを支えていますが、この状態は永遠に続かないのではないでしょうか。

4条協議報告書にあるように、日本の2019年の対外ポジションと経済収支は、基礎的条件とのぞましい政策と整合的だ。過剰にならない範囲で対外収支を維持するには、成長と国内需要をサポートする、幅広く、信頼のおける構造改革とともに、中期的な財政再建計画を継続する努力が求められる。

――プライマリーバランス(PB)の黒字化目標は、安倍政権下で何度も先送りされてきました。にもかかわらず、IMF報告ではPB赤字が続くことについて、あまり危機感が感じられないように見えます。

成長のモメンタムリフレ政策構造改革を進めるために、短期的には財政政策による下支えが必要だとわれわれは考えている。IMFは日本の公的債務の水準とプライマリーバランス赤字を認識しており、信頼がおける、明確な中期的財政フレームワークが必要だと考えている。

財政フレームワークによる財政的な調整は漸進的なものだが、高齢化に伴う財政支出が(今後)急増していくことを考えれば、コスト構造改革を延期すると重大な結果をもたらす。構造改革の延期は現在の高齢世代に利益をもたらす代わりに、将来世代の損失をもたらすことになる。

2050年までに消費税率は20%に

――今回の4条協議の報告書では、2030年までに消費税率を15%に、2050年までに段階的に20%に引き上げる必要がある、と提言しました。

2018年に出したIMFのスタッフによる研究では、高齢化のコストを賄うために、消費税率は漸進的に2030年までに15%に引き下げ、2050年までに同じく20%まで必要と推計されている。

消費税は規則正しいスケジュールで、漸進的に増税していくのがよいと考えている。そうすれば、経済面への影響を和らげ、政策の不確実性を最小化できる。政策の不確実性を減らせば、企業の設備投資を活性化し、家計の将来不安に基づく貯蓄を減らすことも期待できる。その結果、税率を引き上げることによる経済へのマイナス影響を減殺することになるだろう。

――企業部門がこれだけ貯蓄超過であることを考慮すると、増税の手段として消費税ではなく、企業部門への増税も考えられませんか。

法人税は歳入確保策として重要だと認識しているが、法人税は同時に構造改革を進めるインセンティブをもたらす。例えば、賃金上昇を促すために、より効果的な法人税のインセンティブ(減税)はありうる。

――日銀の金融政策についてお尋ねします。最近、マイナス金利を長期間続けたことで、かえってインフレ期待を引き上げられなくなっているのではないかという指摘が出ています。現在の金融政策は適切なのでしょうか。

2019年の4条協議では、政策の持続可能性を高めつつ、日本銀行は緩和的な政策スタンスを維持すべきであるとしている。金融システムに与える副作用を相殺しつつ、より持続可能な緩和スタンスを日銀が最近強調していることは適切だと考えている。

物価の安定を達成し、国民経済の健全な発展に資すること、という日銀の目的に照らして、政策の維持可能性を高める手段を検討しつつ、日銀は長短金利目標を維持すべきだと考えている。

日本の所得格差は大きくなりつつある

――日本の人口は今後40年間に25%以上減少し、実質GDPも25%低下すると見込んでいます。

GDP全体に与える影響ほど大きくはないが、人口の高齢化が1人当たりGDPに与えるマイナス影響はあるとみている。それは、高齢化は1人当たりの労働時間を減らし、1人当たりの労働生産性も低下させるからだ。

2019年11月に来日したIMFのゲオルギエバ専務理事。IMFは日本政府に対し、消費税率の20%への引き上げを提唱した(撮影:尾形文繁)

しかし、はっきりさせておきたいのは、GDPの「水準」ないしは1人当たりGDPの「水準」が減少すると言っているわけではないことだ。われわれの計算では、人口要因によって低下するのはGDPないしは1人当たりGDPの成長率であって、減少の度合いは1人当たりGDPよりも、GDP全体のほうが大きい。

――現在20%のキャピタルゲイン課税を30%へ引き上げ、同時に富裕税を提言しています。

われわれの研究によると、ほかの先進諸国と同じく、所得格差は日本でも大きくなりつつある。そして、世代間の富の不平等も大きなものになっている。この傾向に対抗するには、より高率のキャピタルゲイン課税か、富裕税の再導入などによって再分配効果を強化することが、十分意味あることだと考えている。