英国とE Uの自由貿易協定(FTA)が土壇場でまとまった。合意の内容は多岐にわたっている。加えて英国とE U双方で議会の承認が必要になるため、FTAを具体化するプロセスには依然として幾つかの懸念が残っている。とはいえ、4年半を超える交渉がまとまったのだからそれ自体は画期的なことだ。あとは歴史の評価を待つだけである。評価がさだまるまでにはまだ相当時間がかかる。それを待つわけにはいかないが、評価のポイントは単純だ。「離脱によって得をするのはどちらだ」、この一点に尽きる。4年前国民投票によって離脱が決まった時、この欄で「離脱交渉は決裂するだろう」との趣旨の原稿を書いた記憶がある。離脱によって英国が繁栄するならEUは持たなくなるし、逆にEUが活気付けば英国は衰亡する。それを交渉によってまとめるのは至難の技だと、当時考えた。

交渉は予想通り長期戦となった。中身は十分把握していないが、土壇場までもつれ込んだ交渉経緯がこの間の事情を雄弁に物語っている気がする。離脱によって英国が経済的に繁栄すれば、EUに結集している残りの27カ国も離脱に向けて国内の世論がざわめきだすだろう。それはEUにとって決して許容できるものではない。だからEUは「いいとこ取りを許さない」という姿勢でこの交渉に臨んだ。対する英ジョンソン首相は「この協定により、私たちの法律と私たちの運命の主導権を取り戻せる」(日経新聞)と、記者会見で勝利宣言した。表向きのパフォーマンスはどうであれ、難航していた漁業権問題で英国がかなり譲歩したとされるが、おそらくそれは事実だろう。ジョンソン首相は損して得を取ったとは言わないが、譲歩することによって離脱の大義を維持したのである。

FTAが締結されたことによって英国は、EUとの間で関税ゼロでの自由貿易がほぼ確保された。漁業権で多少の譲歩があったとしても「運命の主導権を取り戻せた」ジョンソン首相にとって悪い結果ではない。英国は政治的な独立に加え、EUという巨大市場を関税ゼロでほぼ従来通り利用できる。先の見通しはわからないが、これで英国が経済的に繁栄すればEU残留組は面白くないだろう。「EUにとどまる意味はあるのか…?」そんな声が国内に芽生えてくるはずだ。一つの国家として政治的統合に踏み込めないEU。移民問題を持ちだすまでもなく、巨大統一市場だけでこの先も国内の不満を抑え込めるのか。FTAで合意したものの、EU内部にも懸念要因は山積している。合衆国制をとる米国ですら国内的な分裂の危機に直面している。年明けとともに完全な離脱体制に移行するが英国、EUとも前途は多難な気がする。