街頭に設置された複数の監視カメラが車両や市民を常時撮影している=中国・新疆ウイグル自治区カシュガルで2018年2月、林哲平撮影
街頭に設置された複数の監視カメラが車両や市民を常時撮影している=中国・新疆ウイグル自治区カシュガルで2018年2月、林哲平撮影

 欧米諸国が22日、新疆ウイグル自治区における人権侵害を理由に対中制裁に踏み切ると、中国も直後に欧州連合(EU)に報復制裁を科した。欧米が一体となって中国と向き合う構図が鮮明になっている。

バイデン政権「対中包囲網」歓迎 EU内には協調志向も

ウイグル問題などを巡る各国の関係
ウイグル問題などを巡る各国の関係

 「米国はEUの制裁措置を称賛する」。ブリンケン米国務長官は22日の声明で、自国に先駆けて制裁に踏み切ったEUをたたえた。「欧米一体の対応は、国際的な人権侵害に強い警告を発するものだ。我々は志を同じくするパートナーと連携してさらなる行動を起こす」と強く中国をけん制した。

 対中包囲網の構築を目指すバイデン政権にとって、欧州側と足並みをそろえて制裁を発動できたのは大きな外交成果だ。制裁そのものは自治区の公安当局トップら2人の対象指定にとどまるが、象徴的な意味は大きい。

 ウイグル問題については、トランプ前政権も強い態度で中国に是正を求めてきた。中国当局者を度々制裁対象に指定し、新疆ウイグル自治区で生産された綿製品の輸入の全面的な禁止に踏み込んでいる。ポンペオ前国務長官は、1月のバイデン政権発足前日に自治区の少数民族弾圧を「ジェノサイド(大量虐殺)」と認定。ブリンケン氏も今回の声明で改めてジェノサイドの言葉を用いている。

 ただ、トランプ前政権は米国第一主義に突き進み、多国間協調や同盟国を軽視。そのため人権問題に敏感な欧州側も制裁に同調しなかった。だが、バイデン政権は「同盟国は米国の資産」と位置づけ、共同歩調を重視。ロシアの反体制派指導者ナワリヌイ氏の毒殺未遂事件でも、EUと3月上旬に対ロシア制裁を同時に実施している。

 さらに、人権重視の外交を掲げるバイデン政権は、権威主義と批判する中国との「価値観の対立」を強調し、民主主義国家の連携で対抗しようと試みている。18~19日に米アラスカ州であった米中外交トップの会談では、中国側が「米国流の民主主義を他国に押しつけるのはやめるべきだ」などと激しく非難した。その会談直後にEUと同時に制裁発動しただけに、バイデン政権は対中圧力強化に向けた欧米結束のアピールに成功した形だ。

 これまでEUは中国との経済関係を重視して一定の協調を維持し、2020年12月には中国と投資協定で大筋合意した。しかし、バイデン政権の発足後には米国への同調を強めている。

 「中国による報復制裁は、新たな雰囲気や状況をもたらしている」。EUのボレル外務・安全保障政策上級代表(外相)は3月22日の記者会見でこう語った。

 EUがこの日、新疆ウイグル自治区の人権問題を巡り中国当局者4人と1団体に対し制裁を発動すると、中国は報復制裁を科した。EU側は反感を強めており、欧州議会では投資協定の批准を見送るべきだとの意見も上がっている。

 対照的に米国との関係はさらに緊密化に向かう。ブリンケン氏は22日からベルギーを訪問。23日には北大西洋条約機構(NATO)の外相会合に出席し、中国やロシアへの対抗を念頭に米欧の結束強化を訴えた。25日までの滞在中には、フォンデアライエン欧州委員長らEU首脳との会談も予定されている。

 EU内では米中対立から距離を置くべきだとする意見も根強いが、バイデン政権と歩調を合わせ続ければ「バランス外交」の維持は難しくなるとみられる。【ワシントン鈴木一生、ブリュッセル岩佐淳士】

人権侵害認めぬ中国「内政干渉」 差別指摘で対抗

 「EUには人権について教師面する資格はない。EU側が過ちを正し、中EU関係にさらに大きな損害を与えないよう求める」。新疆ウイグル自治区をめぐるEUの制裁に反発し、中国外務省の秦剛(しんごう)外務次官は22日深夜にEUのニコラス・シャピュイ駐中国大使を呼び出し「厳重に抗議」した。

 また、同省は22日にEUの制裁に報復するため、EU側の10個人と4組織に制裁を科すと発表。対象には欧州議会の5議員、オランダ、ベルギー、リトアニア各国議会の議員、ドイツとスウェーデンの研究者が指定されている。

 中国側は一貫して新疆ウイグル自治区での人権侵害の存在を認めていない。

 同省の華春瑩報道局長は23日の定例記者会見で、新疆のウイグル族人口が過去40年で550万人から1280万人に増え、平均寿命も大幅に延びたなどの数字を示し「これこそ人権が守られていることを示すストーリーだ」と強調。EUや英国、カナダなどの主張は「ウソの内部文書や出所不明の情報、公式データの切り取りや歪曲(わいきょく)に基づいている」と反発した。

 ただ、中国側にはこの問題でEUとの経済関係を悪化させるつもりはないようだ。昨年12月に大枠合意した投資協定については、むしろ早期発効を繰り返し促している。既にEUによる対中制裁の方針が固まっていた18日、同省の趙立堅副報道局長は会見で「EU側がすべきなのは中国の内政に干渉し、あれこれ言うことではなく、協定の早期発効だ」と訴えた。

 一方、中国側は新疆における人権問題に関するEUや米国、カナダの追及に対し、欧米各国の人権問題を指摘することで対抗する姿勢も示している。

 中国政府は24日、2020年版「米国人権侵害報告書」を発表。中国メディアによると、報告書は「新型コロナウイルス対策の失敗で悲劇を生み、人種差別は悪化し、少数派(マイノリティー)は苦しい立場に置かれている」などと指摘している。【北京・米村耕一】

慎重姿勢崩さぬ日本 「制裁には覚悟が必要」

 日本政府は経済的影響への懸念から対中制裁は慎重な姿勢を崩していない。ただし、与野党には主要7カ国(G7)の中で孤立するのは避けたいとの意見もあり、対応に苦慮している。

 加藤勝信官房長官は24日の記者会見で、新疆ウイグル自治区の人権状況について「深刻に懸念し、中国側にも働きかけている」と説明した。制裁に関しては「人権問題のみを理由に実施する(国内法の)規定はない」とし、「制度を導入するかは日本の人権外交との関係、国際社会の動向などから分析、検討が必要だ」と述べた。

 日本が制裁に慎重なのは、中国が対抗措置に踏み切れば、日本経済に大きな影響が及びかねないからだ。外務省関係者は「特に経済界からは、対中貿易に影響を与えないでほしいと強く要望されている。経済的な依存度は天安門事件当時とは比べものにならず、制裁には相当な覚悟が必要だ」と話す。

 人権侵害を理由に制裁を科す国内法がない現状では、国連安全保障理事会の決議がなければ資産凍結や貿易制限は難しいというのが政府見解だ。与野党には米国の法律を参考に「マグニツキー法(人権侵害制裁法)」の制定を求める声もあるが、制裁実施が義務化される可能性もあり、政府は慎重な姿勢だ。

 一方で、各国と連携して対中圧力を高めたい米国の意向も無視できない。バイデン米大統領が初めて対面で会談する外国首脳に菅義偉首相を選んだことなどから、自民党内には「日本にこれだけ配慮してくれた以上、日本も米国の要求をのまざるを得ないだろう」との見方もある。政府関係者は「自民党など国内の状況も変化している。日本の取り組みも変化していく可能性はある」と話した。【青木純】