日銀の黒田総裁が昨日都内で講演し、「日本の家計の値上げ許容度も高まっている」と発言した。この発言を受けて朝日新聞はけさの朝刊一面にこの発言を伝える記事を掲載、「日銀の金融緩和政策によって急速に進んだ円安も影響して物価が上昇し、家計の負担は増しており、発言が波紋を呼ぶ可能性もある」と、直接的ではなくやんわりと黒田総裁を批判した。ネットで総裁の発言を知った時、個人的には瞬間的に「とんでもない発言だ」と瞬間的に思った。事実を確認しようと日銀のホームページで確認してみた。朝日新聞が掲載した通りの発言が講演録の中にあった。だがこの発言の趣旨は朝日新聞の指摘とは若干ニュアンスが違っている。総裁の「(家計は)値上げを受け入れている」という指摘も的を射てない。矢継ぎ早の値上げに防衛手段を持たない家計は「諦めざるを得なくなっている」、そんな気がする。

講演は全体を通してみると、異次元緩和を継続する日銀の政策スタンスを改めて説明する内容。特に変わった点はないのだが、全文を読んでみると同感できる部分もあった。たとえば、低迷する日本経済を変えるポイントとして「賃金の上昇」を上げている点。これは完全に同意できる。過去9年間の平均的な定期昇給は2%程度(うちベアは0.5%程度)。これに対して物価はこの水準を大きく下回ってきた。黒田総裁はこうした状態を「合理的無関心」と指摘し、「物価の上昇を生計費の増加と認識せず、物価への関心も持ちにくかった」と分析する。それがコロナやウクライナ戦争を通して変わり始めている。その証拠として引用したのが東大の渡辺力教授が継続的に実施している「値上げに関するアンケート調査」。「馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がった時に、どうする」と質問する。回答は「そのまま買う」と「他店に移る」の二者択一。21年8月の調査では「そのまま買う」が43%。これが22年4月になると56%に増えている。

この調査はドイツ、カナダ、米国、英国の5カ国で同時に実施している。他4カ国にはほとんど変化が見られないが、日本だけは「そのまま買う」が大幅に増えたのだ。黒田総裁はこの結果を「家計の値上げ許容度が高まっている」と解釈した。21年8月といえば欧米で物価が激しく上昇し始めた時期である。日本への影響はこの時点でほとんど見られなかった。その後、コロナ終息に伴い需要が回復、物価に上昇圧力がかかり始めた。そこにプーチンのウクライナ侵略が加われる。これで物価は一気に急騰に転じた。この間、政府の対応も後手を踏んだ。ガソリンなど一部の物品に対する対策は進んだものの、食料品を中心に大半は放置されたまま。消費者は一昨年までは安売りをしている他店を探し回ったが、今年に入ってどの店も値上げに転じる。結局、対抗手段を持たない消費者は「そのまま買う」しか手がないのだ。「諦め」と「許容度」全く違う。参院選を前にして政治家も物価論争に加わってきた。何をしても消費者にツケが回る気がする。