コロナによるパンデミックから需要回復、サプライチェーンの毀損、物価高、ここまでは理解できる。そこにウクライ戦争が加わり、エネルギー価格の急騰に伴う物価の一段高。インフレかリセッションか、はたまたスタグフレーションか、この辺から世界経済の先行きは怪しくなる。この先、何がどうなるか。経済だけではない。すべてが不透明になってきた。だがよくよく考えると将来展望というのはいつの時代も不透明だったのではないか。世界経済のパースペクティブはないか、そんなことを考えていた時にこの記事を見つけた。日経新聞コメンテーター、小竹洋之氏による「『供給重視』の呪術を解け 人や脱炭素への投資で成長」(8月12日付、日経web版)だ。カーボンニュートラル時代の成長論に過ぎないといえばそれまでだが、経済政策のパースペックティブという点では、過去から現在に至るまでの経済政策がよく分かる好記事だ。

いまイエレン財務長官が中心になって推進しようとしている米国の経済政策は「M S S E(モダン・サプライサイド・エコノミクス=現代版の供給重視経済学)だとある。S S E(サプライサイド・エコノミクス=供給重視経済学)は税金を高くすると税収が減少するという説を説いたラッファー教授に端を発する経済政策。これが新自由主義経済につながり今日の経済的繁栄と格差拡大を招いた。ラッファー説を称して当時レーガン氏と共和党の大統領候補の椅子を争ったブッシュ大統領(父)は、「ブードゥー・エコノミー(呪術経済学)と揶揄したのは有名な話。供給が需要を生むと主張したのはフランスの経済学者ジャン=バティスト・セイだ。せいの法則と呼ばれる。経済学的には正しいのかもしれないが、供給を重視するあまりに地球環境の破壊を招いたことも事実。地球はもはや人類による飽なき経済成長を支えられなくなっている。だからカーボンニュートラルが必要になる。

市場オリエンテッドな従来の供給重視では持続可能な成長は実現しない。ではどうするか。イエレン氏が重視するのは「人的資本の蓄積」「インフラの整備」「研究開発の強化」「温暖化防止」「積極財政」などだ。民主党左派が主張するM M T的な積極財政とは一線を画している。これがバイデン氏の経済政策でもある。ここまできてはたと気づいた。これは岸田政権による「新しい資本主義」に通じる。岸田氏は「人、科学技術、脱炭素への投資」(小竹氏)を重視する。ここまで読んで岸田政権の政策が少し分かった気がする。イエレン財務長官の“まね”ということだ。財務省も強烈に後押しする。イエレン氏をまねて健全財政主義も堅持している。この記事のもう一つ優れている点は、イエレン氏の夫が日本の生んだ先駆的な経済学者の故・宇沢弘文氏の教え子だと指摘している点だ。日本ではあまり脚光を浴びないコモンズ(社会的共通資本)理論が、米国の経済施政策の中で息づいている。