「敵基地攻撃能力」の整備に向けた防衛費の増額問題は、5年間で総額43兆円を積み増す方向で与党の方針が固まった。あとはこの財源をどうするかだ。日本国民の命はどうやったら守れるのか、防衛問題の本質はここにあるのだが、これとはまったく別次元のところで口角泡を飛ばす論戦が盛り上がっている。発端は8日に開かれた政府与党政策懇談会で岸田首相が、「防衛力を抜本的に強化するには国民負担が避けられない」と発言したことにある。この会議に呼ばれなかった経済・安全保障担当相の高市氏がツイッターで「賃上げマインドを冷やす発言を、このタイミングで発信された総理の真意が理解できません」と発信、首相がぶち上げた増税論に噛み付いた。これと前後して西村経産相、萩生田政調会長も増税論に反対の姿勢を打ち出した。首相が会長を務める宏池会のバックには財務省が付いている。一方、高市氏や萩生田氏は安倍元首相の直系。党内論議は何やら自民党内の派閥抗争の様相を呈している。

高市氏はかつて組閣の際の首相指示を暴露した前歴がある。経済安全保障担当大臣に任命された際に次のような指示がったとテレビで明らかにした。「大臣に就任した日に言われたのは、『中国という言葉を出さないでくれ』というのと、『来年の通常国会にセキュリティ・クリアランスを入れた経済安全保障推進法を提出すると口が裂けても言わないでくれ』と」。岸田首相は中国寄りとの見方がある。これを意識した発言だろうが、「口が裂けても言わないでくれ」との首相の強い指示を、テレビ局(B Sフジ)の番組で暴露したのだ。そもそもこの2人、相性が悪いのかもしれない。とはいえ政府与党政策懇談会の場に西村経産相と高市氏を呼ばないという首相の判断にも、「聞く耳を持つ人」に相応しくない排除の論理が働いている。その岸田氏を支える財務省は、安倍首相時代に不祥事の尻拭いに苦労した。愛憎相半ばする政界ではこのようなことは日常茶飯事かもしれない。政治はすべからく政策より政情ということか。

それはともかく「敵基地攻撃能力」の整備に向けた国会論議はまだ始まっていない。にもかかわらずこの問題は、防衛力議論そっちのけの財源問題になりはじめている。ひょっとするとこれは岸田首相が企んだ高度な“めくらましし作戦”かもしれない。そんな疑念が頭をよぎらないこともない。安倍銃撃事件がいつの間にか旧統一教会問題にすり替わったように、防衛力の増強問題は増税論議に終始し問題の本質ははぐらかしてしまう、そんな陽動作戦かもしれない。金子勝立教大大学院特任教授は次のように指摘する。「自民党議員は、本当は増税しなくても防衛費増額分を捻出できることを知っているはずです」(12日付日刊ゲンダイ)。だとすれば何のための増税論議なのか。健全財政とか経済再生という枕詞の背後に、何かもっと為政者の腹黒い狙いがあるような気がしないでもない。とにかく注意深く議論の推移を見守るしかない。