日銀の植田和男新総裁の就任記者会見が昨日行われた。一夜明けて驚いた。マスメディアの扱いはいたって地味。それもそのはず、黒田前総裁が10年間続けた異次元緩和の修正が期待されていたのに、新総裁が会見で強調したのはひと言で言えば「異次元緩和の継続」だけである。まるで黒田総裁の持論をなぞるような会見だった。弊害が指摘されているYCC(イールド・カーブ・コントロール)もマイナス金利も当面継続する方針を打ち出した。金融政策の修正に期待を寄せていた市場関係者や、マスメディアの期待は見事に裏切られた。だから扱いが地味になったというわけでもないだろうが、中身が変わらない限りメディアとしても大きくは扱えない。黒田前総裁の就任時には2年で物価目標2%を達成し、経済成長率を2倍にすると約束した。メディアの見出しも「2年で2倍2倍」と、日銀総裁の就任会見には馴染まないほどド派手な扱いだった記憶がある。

扱いが地味だから期待が持てないというわけでもない。逆に言えば、前総裁の場合は最初から期待感だけが先行、実績が追いつかなかったという面がある。植田氏の地味さにこそ、金融政策の先行きに対する“期待感”が隠されているのかではないか。深読みしたくなる。新総裁への就任が決まった時に同氏は、政策運営のポイントとして市場とのコミュニケーションの重要性を挙げていた。黒田氏が時として喧嘩腰の対話になった反省を踏まえていたのかもしれない。金融政策の先行き見通しなど、市場との対話が円滑に進めば政策の実効性が高まるだろう。とはいえ、世界中の中央銀行は例外なく市場との対話に苦労している。仮にYCCを修正すると発言すれば、市場では即座に金利が急上昇する。影響は日本だけに止まらない。世界中で株価や債券価格が暴落しかねない。金融政策の修正に伴う市場の波乱はなんとしても避けたい。これが新総裁の“思い”かもしれない。

となると異次元緩和の修正も簡単ではない。時間をかけてゆっくりと、市場が納得する形で進める必要がある。ここに市場とのコミュニケーションの難しさがある。そんなことを想像しながら昨日の会見を振り返ると、異次元緩和の修正に向け“腹の中”を一切見せず、批判を覚悟で前総裁の路線を踏襲するという姿勢を貫いた。市場とメディアの期待を裏切ること、就任会見を地味な内容にしたこと、これによって4月27日と28日に予定されている次回の金融政策決定会合での修正問題は回避できた。あえて地味な会見をすることで、時間稼ぎができたのである。新総裁は就任会見の前に岸田総理とも会談している。ここでは政府・日銀の「共同声明」に関し、「直ちに見直す必要がない」との認識で一致した。なにもかも「変えない」ことを前提にしているようなパフォーマンスである。これらの動きを「変えるための環境整備」と読むのは、穿ち過ぎの深読みか。いずれ答えは出る。