6月になると毎年思い出すのが天安門事件だ。ウィキペデアによると「1989年6月4日(日曜日)に中華人民共和国・北京市にある天安門広場に民主化を求めて集結していたデモ隊に対し、軍隊が武力行使し、多数の死傷者を出した事件である」。別名「血の日曜日事件」。中国軍による犠牲者が何人になるのか、いまだに真相は明らかになっていない。巨大な戦車の前に白いシャツをきた青年が1人で立ちはだかった。民主勢力を圧殺しようとする国家権力を否定する庶民の象徴として、いまでも鮮明に脳裏に焼き付いている。あれから34年。時が流れ、時代が変わり、登場人物も代わった。だが国家権力による庶民の殺戮は繰り返されている。場所は中国ではない。ウクライナだ。プーチンによるウクライナ人の無差別攻撃。5月に広島で開かれたG7サミット、ウクライナへの軍事支援は議論されたが、庶民のための停戦は模索されなかった。ニューヨーク・マンハッタンで2日、天安門記念館がオープンした。

時事ドットコムによると同記念館はもともと香港ににあったもの。国安法の成立を受け習近平の中国が香港の民主派勢力を徹底的に弾圧、同館も2021年に閉鎖された。「ニューヨークへの移転は、天安門事件で学生リーダーだった王丹氏が主導した」とある。2日の開館式で王氏は「(34年前に)銃声が中国人の(民主化の)夢を打ち砕いて以来、国力は増強したが、個人の自由は弱体化した」と指摘。「われわれは中国共産党の真の顔を忘れてはならない」と記念館設立の意義を強調した、と時事通信は伝えている。大義も正義もなくウクライナに侵攻したプーチンは、ペレストロイカで疲弊したロシアの国力を回復させたが、国家としての信用は奈落の底に突き落とした。それでも平然としている。対抗するG7は「武力による領土・領海の変更は認めない」と強調する。その一方でウクライナへの強力な武器支援を継続する。それも条件付きだ。バイデン大統領は米国が提供した兵器のロシア領内での使用を禁止している。

話し合いでの停戦が無理なら、武力で決着をつけるしかない。だがその武器は決着をつけるために使用してはならない。ではどうやって決着をつけるのか?かくして戦争は長期化する。34年前、学生を中心とした民主派を軍事力で圧殺した中国。ニューヨークに移された天安門記念館には、事件を伝える当時の新聞や血に染まった記者のシャツ、学生らが掲げた大学の旗など30点以上が展示されているという。いずれも権力の暴挙を証明する歴史的な品々だ。その中国はいまウクライナ戦争の停戦調停と称して世界中を飛びまわっている。その一方で、台湾での武力行使を虎視眈々とねらっている。対する民主勢力。G7広島サミットに集結した西側の指導者の中に、「戦争を終わらせる知恵」を絞り出そうとする者はいなかった。岸田総理はパフォーンスに明け暮れていただけ。あれから34年。独裁国家はますます強権化し、西側には歴史を切りひらこうとする指導者がいなくなった。どちらにも進歩がない。