国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長が来日、東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出を巡る日本政府の計画について、卓越したコミュニケーション能力を発揮している。本来は政府の説明責任だが、ニュースで見るかぎり政府の説得力をはるかに上回っている。放射性物質の安全性に関わる際どい問題。科学的知識がない一般市民にとっては、「何を信じればいいか」わからない面がある。そこにぐいっと踏み込むグロッシ氏、素人目にも頼もしい。日本政府に欠けている要素だ。ウクライナ戦争の最中、危険を犯してザポリージャ原発に足を運ぶ姿を見ていた。ニュースに出てくる遠い存在に過ぎなかった同氏が、来日して処理水の海洋放出の正当性を啓蒙して回っている。日本政府ならびに日本人はこの人にもっと敬意と尊崇の念を払うべきだろう。

処理水に含まれる放射性物質のトリチウムが本当に安全なものかどうか、個人的には確証がない。専門家の説明などを聞いてそういうものかと思う程度で、海に放出しても大丈夫との確信は持てないでいた。そんな中でグロッシ氏は、「処理水放出は国際基準に適合しており、海水・魚・堆積物への影響はごくわずか」と強調する。その上で、「放出を監視するため福島の現地にIAEAの職員を常駐させ、今後数十年にわたってモニターする」と説明する。5日にはいわき市で地元関係者らと対面した。ロイターによると「会議場に入ると出席者1人1人と握手。地元の懸念や疑問を理解している」と語る一方で、「それをいっぺんに解決できるような魔法の杖は持っていない」と正直に認める。その上で「最後の一滴を安全に放出し終わるまでIAEAは福島にとどまる」とし、数十年にわたり現地で監視する方針を説明した。これこそが地元に寄り添う対応というべきだろう。

処理水の海洋放出には中国、韓国という近隣の2カ国が相変わらず強く反対している。これに対してグロッシ氏は日本の処理水放出計画が「国際的な安全基準と合致している」と強調した上で、「中国など多くの国が放射性物質を含んだ水を(海洋に)放出している」と指摘する。日本政府のスポークスマンである松野官房長官は「科学的見地に基づいた議論を行うよう強く求めている」と中国を牽制する。だが「中国も放射性物質を海洋に放出している」とは絶対に言わない。日本も実実は事実として指摘すべきだともうが、「これからも丁寧に説明して理解を求めていく」と、どこまでも低姿勢。それが悪いと言っているわけではないが、はっきりいわないことが逆に安全性に疑いを挟むことになりかねない。与党・公明党の山口代表は「放出は海水浴シーズンを避けるべきだ」と言う。まるで野党だ。処理水は危険だと言っているに等しい。親中国派だけに地元に寄り添うよりも、中国への配慮を優先させたということだろう。曖昧な説明力のブーメラン効果だ。