「このままロシアを支持し続ければ中国も道連れになり孤立する」。1年前、中国の元ウクライナ大使だった抗抑制氏が冒頭の預言をおこなった。時の経過とともにこの予言は、正確に的を射つつあるようにみえる。昨日この欄でNATO首脳会議に関連して、ウクライナ戦争の勝者がはっきりしたと書いた。ウクライナが勝者で、敗者はプーチンのロシアだ。仮にそうなった時中国はどうなるのだろう?素人の率直な感想を記しておいた。そのあと偶然にその答えが見つかった。答えは現代中国の研究者であり神田外語大学教授、興梠一郎氏のYouTubeにあった。

1年前の5月15日、同教授は中国の元ウクライナ大使である抗抑制氏がSNSに投稿した論文を紹介している。この論文が習近平主席率いる中国の近未来を預言していた。論文そのものは掲載直後に削除されているが、色々なメディアが原文を保存していた。論文掲載から1年が経過、ウクライナ戦争は抗氏の預言通りに動いている。以下、少し長くなるが興梠氏が紹介した論文の主要部分を引用する。YouTubeには論文が中国語の原文のまま掲載されている。原文が読めないため興梠氏の口頭で行った紹介を、機械的に文字起こししたものを利用した。何カ所か不明なところがあり、筆者が勝手に補正した。

興梠一郎・神田外語大学教授のYouTubeより(2022年5月15日、一部編集あり)

中国の元ウクライナ大使がロシアの敗戦は時間の問題と発言し、その記事がネットにアップされましたがすぐに削除されました。

日本のメディアもこの発言に注目し相次いで報道しています。発言したのは元ウクライナ大使の抗抑制氏です。講師はロシアに精通した人物です。旧ソ連とロシアの両方の時代に、モスクワの中国大使館に勤務しその後トルクメニスタン、ウズベキスタン、ウクライナの大使を歴任しました。

その間中国国際問題研究所外交部政策研究室にも所属しています。講師の発言は当初フェニックスのサイトやポータルサイトのネットイージーにアップされました。写真入りで掲載されました。かなり長い文章になっています。ネット上に残っている他の複数の文章を比較してみると、どれも内容が一致しています。今回引用するのはアメリカのカリフォルニアにあるチャイナデジタルタイムスが保存しているものです。

チャイナデジタルタイムスは中国で削除された文章などを定期的に保管しているサイトです。これを見ればわかるように単なる発言ではなくて文章になっています。冒頭には記事として掲載されるにあたり、本人が修正した旨明記しています。つまり本人の同意のもとに掲載されたわけです。

けれどもそれが削除されたということは中国、政府の公式見解とはズレてるということになります。消された文章その原文には何が書かれていたのか、その内容を見ていきたいと思います。

タイトルは「ロシア・ウクライナ戦争の行方と国際秩序への影響」となっています。この文章は3つの部分からなっています。

1つはロシアが劣勢の理由、2つ目は今後の戦況予測、3つ目が戦後の国際秩序についてです。まず冒頭で講師はロシア・ウクライナ戦争が冷戦後の最も重要な国際的事件であり、ポスト冷戦時代を終わらせ、新たな国際秩序を切り開いたと指摘しています。1のロシアが劣勢の理由ですが、ロシアは東部で受け身になっており不利になっている。すでに劣勢が明らかになっていると断言しています。

そしてロシアが失敗に向かっている主な原因として以下のように5つのポイントを挙げています。

第1にソ連崩壊後ロシアは常に持続的衰退の歴史過程にあった。この衰退は、ソ連の衰退の継続であるロシアの統治集団の内外政策における失策と関係がある。西側の制裁でこのプロセスが激化した。いわゆるプーチンの指導下におけるロシアの復興は、根本的に存在しない。偽の命題である。ロシアの衰退は経済・軍事・科学技術・政治・社会など各領域に現れており、ロシア軍とその戦力にも深刻なマイナスの影響を与えている。

第2にロシアは電撃作戦に失敗し即断即決できなかった。それはロシアが失敗の方向に向かう前触れである。

第3にロシアの軍事・経済力などにおけるウクライナに対する優勢は、ウクライナの頑強な抵抗と西側の巨大で持続的かつ有効な援助によって相殺されている。ロシアとアメリカなどNATO諸国の兵器の技術・装備・軍事理念・作戦モデルなどの領域における格差により、双方の優劣はさらに際立っている。

第4に現代の戦争はハイブリッド戦争である。軍事・経済・政治・外交・世論・宣伝情報など各領域を網羅している。ロシアは戦場で受け身に立たされているだけではない。他の領域でもすでに負けている。これが、ロシアが最終的に負けるのは時間の問題だということを決定づけている。

第5にこの戦争がいつ終わるのか、どんな方式で終わるのかは、すでにロシアの思うままにはならなくなっている。ロシアはすでに得た成果を確保する条件のもとで、できるだけ早く戦争を終わらせたいと願っているが、その思惑は外れた。つまりロシアはすでに戦略的主導権を失ったということである。

次に講師は今後の戦争についてこう言っています。次の段階における抵抗の度合いと強度はさらに高まる可能性がある。

そして以下のように予測しています。

拡大しエスカレートする可能性は排除できない。それは各自の目標が相反し正反対だからである。クリミアの貴族とウクライナ東部の占領を確保することがロシアのボトムラインである一方、ウクライナは主権と領土の確保の問題においてロシアに譲歩せず、戦争を通してウクライナ東部とクリミアを取り戻す決心をしている。アメリカとNATO、EUはプーチンの決心を打ち破ると何度も表明している。

これらの目標を実現するためアメリカとNATOとEUはウクライナ支援の度合いを強めただけでなく、アメリカは第二次世界大戦後初めてウクライナ支援のためのレンドリー法案、武器貸与法案ですね。レンドリー法案を採択した。

重要なことはアメリカ、イギリスなど戦争に関与するレベルが深まっており、範囲も拡大しているということである。これらすべてはこの戦争は、ロシアが負けて懲罰を受けるまで続くということであり、最後に講師はこの戦争がもたらす新たな国際秩序について述べています。

こう言っています。ロシア・ウクライナ戦争はヤルタ体制と冷戦の財を徹底的に集結させる世界は、新たな国際関係の仕組みと秩序に向かっている。そしてロシアとウクライナなど周辺国の関係の変化と欧米の対立について次のように述べています。

プーチン政権の対外政策の革新は旧ソ連の地域を独占的勢力範囲とみなすことであり、帝国を復活させるということである。そのためのロシアは、2枚舌で約束を守らない旧ソ連の国々の独立と私権・領土の保全を認めたことがない。頻繁に彼らの領土と主権を侵犯する。これがユーラシアの平和・安全・安定にとって最大の脅威である。

ロシア・ウクライナ戦争はこの状況を大きく変えた。ウクライナは独立後、ロシア派と欧米派の勢力が互角だった。選挙で順番に政権を握っていた。しかし2004年にロシアがクリミアを併合しウクライナ東部を占領すると、ウクライナでは反ロシア感情が強まった。

新ロシア派勢力は衰退した。西武であれ東部であれ、大部分のウクライナ人はEUとNATOに加盟することを支持している。今回の戦争でウクライナの状況は根本的に変化したのである。党派・地域・階層を問わず一致団結しロシアに対抗し国を救おうとしている。ロシアはすでに徹底的にウクライナを失ったと言えるだろう。

同時に旧ソ連諸国は集団安全保障条約とユーラシア経済同盟のメンバー国は、ベラルーシ以外はロシアを支持することを拒否している。ロシアが敗戦すれば領土を取り戻し、帝国を復活させる可能性は徹底的に失われるだろう。

かつての帝国そして旧ソ連の国際的地位と影響力を取り戻し、原油の国際秩序を打破しユーラシアと世界の地政学的半島を変えるためロシアは旧ソ連諸国を再統合し、帝国を復活させることに執着している。

これにより欧米と根本的な対立と衝突が起きている。今回の戦争を通してロシアと欧米の対立とせめぎ合いはロシアの徹底的な失敗で終わるだろう。POST冷戦と冷戦の継続は最終的に終わるということである。

講師はこうした変化を踏まえて最後に今後の国際秩序の変化について次のように予測しています。ここでは日本についても触れています。

1.ロシアは政治・経済・軍事・外交などの面で明らかに弱体化し、罰せられるだろう。ロシアの国力はさらに衰退する。重要な国際組織から追い出され、国際的地位が明らかに下がる可能性がある。

2.ウクライナはロシアの勢力範囲、仮にロシアに今でも勢力範囲があればの話だが、勢力範囲から離脱し欧州の大家族のメンバーになる。すなわち西側の一員になるということである。

3.その他の旧ソ連諸国では程度は異なっても新たな脱ロシア化の趨勢が出現するだろう。積極的に西側に接近する国も出てくるだろう。

4.日本とドイツは完全に大2次世界大戦の敗戦国の制約から抜け出し、軍備増強を加速させもっと積極的に政治大国の地位を得ようとするだろうが、西側陣営から離脱することはない。平和的発展の方針を放棄することはない。

5.アメリカとその他の西側の国は国連とその他の国際組織の実質的改革を推進するだろう。改革が阻止されれば他に組織を作る可能性もある。そうなれば民主・自由のイデオロギーで一線を画し、ロシアなどの国々を排斥するだろう。

このように中国の現場の専門家や実務家の間には政府の公式見解と異なる意見が存在します。このチャンネルにアップした習近平・プーチンを見限るか、政府顧問と手を切れと進言の動画で紹介した専門家の見解もそうでした。その発言も削除されました

今回の元ウクライナ大使の見解は政府見解と大きくかけ離れておりかなり政治的に敏感な内容になっています。それでも講師はあえて記事として掲げることに同意したわけですから、よほど中国当局のロシア寄りの政策を憂慮しているのではないかと思われます。

同氏はモスクワ滞在経験が長いだけでなく、ウクライナなど周辺の国の状況も熟知しています。彼は2019年に中国メディアの取材を受けて旧ソ連について以下のように回想しています。

私は大使館に赴任した後多くの報告書を国内に送りました。ソ連の体制、特に経済体制の弊害とリスクに焦点を当てて書きました。そのモデルは行き詰まると強調しました。当時私は自分の国のために有益なことをしたい。中国がソ連の二の舞になることを避けるようにすべきだと思っていたからです。

おそらく今回も同じ気持ちから直言したのではないかと思います。このままロシアを支持し続ければ中国も道連れになり孤立する。そうした危機感に駆られているのかもしれません。ただその発言が削除されてしまったということは、当局の方針とは食い違っているということです。

かつて中国はソ連と対立しアメリカと和解したことで西側の貿易システムに組み込まれ高度経済成長を成し遂げることができました。

今でも欧米との経済交流なくして中国経済は成り立たないわけですが、習近平政権になってから欧米との対立は深まる一方です。ウクライナ侵攻においてもロシア支持の姿勢をとり、西側との対立が一層深まっています。

例えば5月12日、国連人権理事会はウクライナの首都キーウ周辺などにおけるロシア軍による戦争犯罪の可能性について調査を開始する決議を採択しましたが、中国はウクライナ関連問題は棄権するという方針を一転させ反対票を投じました。

投票結果は賛成33票、反対2票の圧倒的賛成多数でした。これを見ても今後も西側との摩擦が強まっていく可能性があります。講師の発言が削除されたのはこうした背景があったからだと思います。