少子化

「お年寄りの楽しみを奪うのか」
「いや、子どもへの投資が重要だ」

9月18日は敬老の日。しかし、敬老を祝うための“お金”が今、揺れています。

「敬老祝い金」の見直しが各地で相次ぎ、中には「廃止」「存続」をめぐり意見が分かれる自治体も。

取材で見えてきたのは、お金と人の、切っても切れない「つながり」でした。

穏やかな街の市議会で…

その日、市議会の議場は、穏やかではありませんでした。

議員の1人が反対討論に立ちました。

「多くの市民が楽しみにし、感謝される祝い金を廃止することは、決して市民の幸せにはつながらない。行政に対する怒り、嘆き、落胆、不信の声は大きくなり、幸福度は下がる一方です」

一方、賛成議員はこう言いました。

「市の将来が危ぶまれる中、将来を犠牲にしてでももらえる5,000円は、高齢者の生きがいになるものでしょうか」

双方の主張は対立。そして採決の結果は…

議長「起立少数であります」

賛成4、反対11、議案は否決されました。

何が起きていた?

ここは、秋田県内陸部の仙北市。

人口2万3000人あまり、田沢湖や乳頭温泉郷などの観光地で知られています。

ことし3月、市は議会に「敬老祝い金の一部を廃止」を提案しました。

今の制度では、
▽満80歳を迎えた住民には5,000円
▽満100歳の住民には10万円を毎年支給してきました。

市の提案は、このうち「5,000円」の方を廃止するという内容で、その理由は「子育て予算へ振り向ける」だとされました。

というのも、市の高齢化率は44%にもなる一方、生まれる子どもの数は減り続け、過去最少の70人と、10年前の半分近くにまで落ち込んでいたのです。

そもそもどんなお金?いつからあるの?

そもそも「敬老祝い金」とはどんな目的のお金で、いつから始まったのでしょうか。

全国一律の制度ではなく、各自治体がそれぞれ行っている事業ですが、まずは厚生労働省に聞いてみました。

厚生労働省の担当課によりますと、昭和38年に高齢者福祉を担う施設や事業などについて定めた「老人福祉法」が施行されたのにあわせて、国は100歳の高齢者への記念品の贈呈を始めたということです。

一方、全国の自治体が行う「祝い金」の事業については。

「自治体の中にはそれにならったところもあるかもしれません」

自治体の条例を調べてみると、確かに多くは昭和38年以降に制定されていました。

一方で、昭和33年に事業を開始したという埼玉県飯能市では、

「もともとは公的年金制度の補完を目的に、『敬老年金』として一定額を年金として支給するものとして始まりました。その後、社会情勢の変化に合わせて、現在の「祝い金」という形になりました」

と説明しています。

なぜもらえる?全国どこでも、もらえるの?

なぜもらえる?全国どこでも、もらえるの?
福島県郡山市のホームページ

自治体の説明の内容はさまざまです。

多くが「長寿のお祝い」に加えて
▽「長年社会に貢献してきたこと」(福島県郡山市など)を挙げていて、
▽「支えてきた家族に敬意を表するため」(愛知県 飛島村)
とする自治体もありました。

全国の自治体の条例を調べることができる、鹿児島大学がつくった「全国条例データベース」で調べると、少なくとも全国で500以上の自治体が祝い金に関する条例を持っていることがわかりました。

実際、いくらもらえるの?

そして、やはり気になるのは給付される金額ですが、額や回数も自治体ごとに違います。

たとえば、冒頭で紹介した秋田県仙北市の給付は、以下の2回でした。

▽80歳=5,000円
▽100歳=100,000円

一方、佐賀県の中央部にある大町町は、以下のように75歳から5歳刻みで給付されます。

▽75歳=5,000円
▽80歳=10,000円
▽85歳=5,000円
▽90歳=10,000円
▽95歳=5,000円
▽100歳=100,000円
▽101歳以上=10,000円

金額の多いところを見ると、愛知県飛島村や三重県川越町では100歳になると100万円が支給されます。

川越町は「町では福祉・教育・防災・減災の町づくりを掲げていて、その取り組みの一つです。長年にわたり町に貢献していただいたご本人と、支えていただいた家族への感謝として贈っています」と話しています。

これからはどうなるの?

全国各地で、秋田県仙北市のように削減・廃止の動きが相次いでいます。

例えば、神奈川県中井町が県内33自治体の状況を調べたところ、10の自治体が廃止していたということです。(去年8月時点までの調査)

また、宮崎県内の自治体を取材したところ、自治体によっては削減だけでなく、拡充したところもあることがわかりました。

▽宮崎市が額を引き下げたのに対し、▽椎葉村や▽日之影町では額を引き上げたということです。

さらに、さきほど5年刻みの額を紹介した佐賀県大町町も、昨年度までは80歳、90歳、100歳と10歳刻みで支給していましたが、今年度からは5歳刻みにして回数を増やしています。

町によりますと「他の高齢者施策を削減してできた財源をベースに、以前の水準に戻した」ということです。

「子供への投資」か「思いやり予算」か、それとも…

さて、市議会で祝い金の一部廃止の議案が否決された秋田県仙北市の話に戻ります。

議員の意見が分かれたのはなぜなのか。

賛成、反対、それぞれの市議に話を聞きました。

澤田雅亮市議会議員(33)

「なぜ反対意見になるのかが全くわからなかったので、正直びっくりしました。仙北市はお金がない自治体で、財政調整基金の枯渇が目に見えて将来すぐそこまで来ているという危機感を感じています。子どもの方に投資していくために廃止するということは、未来に向かっていく意味では非常に重要なことではないかと思います」

一方、反対した議員は。

熊谷一夫市議会議員(70)

「たかが5,000円ですが、行政の年配者に対する“思いやりの予算”であってほしい。地域の人からは『なぜお年寄りの楽しみをなくしてしまうのか』という声も聞きました」

また熊谷議員は、市当局の「事前の説明不足」についても指摘しています。

「これは丁寧に説明することが大事な議案じゃないかなと思います。祝い金の支給年齢をもう少し検討してお互いに見直していければと思いますけど、少し拙速というか、しっかりと話をしていくべきだったんじゃないかなと思います」

議案を提出した側の、仙北市の田口知明市長(52)も「事前の説明が足りなかった」としています。

そのうえで、提案は「地域を存続させるために必要なことだった」としています。

秋田県仙北市 田口知明市長(52)

「私どもの拙速な提案もありましたし、さまざまな反省する部分もあるんですけれども、仙北市は「少子化」ではなくて、すでに「少子」の状態であると認識しています。次の世代にバトンを渡すランナーがどんどん減ってしまっている状態ですので、なんとか1人でもランナーを増やして地域を存続させていかなければいけないという使命感を私自身抱いています」

そして、今後については「議案を再提出するかしないかは現状ではまだ何も決まっていない」としたうえで、次のように話していました。

「今後もし議会に提案するとした場合には、理解を得られるようにしっかり説明責任を果たしていきたい」

何が問題だったのか?

仙北市の提案は、なぜ円滑にいかなかったのか。

「“廃止ありき”の姿勢が一因ではないか」

こう指摘するのは、地方自治の専門家で、関東学院大学法学部の牧瀬稔教授です。

牧瀬教授によると、突然“廃止”という案が浮上すると、議会の側も“聞いていないよ”となって紛糾しがちとなり、結果的に世代間の“分断”に陥ってしまうといいます。

関東学院大学法学部 牧瀬稔教授

「もらえる高齢者VSもらえない若い世代という“分断”が生まれ、後々まで尾を引くことになりかねません。そうならないためには、当初の主張や結論ばかりに目を向けるのではなく、意見を交換するプロセスを重視していく必要があると思います」

どうすれば、分断にならない?

実は牧瀬教授自身も「敬老祝い金」見直しの議論に関わってきた1人です。

昨年度、神奈川県中井町から依頼を受け、「敬老祝い金」の条例の見直し検討会の委員長を務めました。

中井町では、平成28年度にも見直しが行われましたが、その後、議会でたびたび批判的な指摘があったことから、多様な意見を反映できる検討会を設置したといいます。

委員は全部で9人。

副町長や議員を始め、地元の自治会や老人クラブのメンバー、地域の民生委員に加え、40代の子育て世代の町民も参加しました。

検討会ではあらかじめ論点を整理し、他の自治体の動向や町の高齢者施策への意見などのデータも委員は共有した上で、具体的な議論に進みました。

議論に使用した資料と議事録

それでも、最初は見直し案をめぐり立場が分かれます。

「現状維持でよいと思う」
「何らかの形で残したら」
「縮小がよいと思う」
「廃止は考えられない」

結果としては、祝い金の金額や対象者を縮小する案が委員の総意で決まり、パブリックコメントの募集も経て、今月、議会でも認められました。

関東学院大学法学部 牧瀬稔教授
「ポイントは“共有”ですね。情報の共有、空間の共有、時間の共有。そこに敬意があれば、“共感”が生まれ、そして“共存”へと進みます。この件に限らず、議論の大前提ができていない自治体は多いので、まずはこうした場の作り方が重要です」

金額だけじゃない?意外な効果とは

中井町では議論を通じて、ある気づきがありました。

「民生委員が対面で祝い金を渡さなくなるのは非常に残念」

委員の活動が回る要因として、祝い金の配布がある」

当初、負担を軽減するためにも祝い金の渡し方を「口座振替」にしてはどうかという指摘がありました。

これに対し、民生委員が「高齢者の見守り」を行う上では「手渡し」のほうがいいとの見解が相次いだのです。

祝い金の交付は「つながり」を生み出す貴重な機会だ、という指摘でした。

もしかすると私たちは、敬老祝い金を考える時、金額が多い少ないといったお金の額面だけにとらわれすぎていたのかもしれません。

「祝い金」の先に見つけたもの

敬老祝い金の廃止をめぐり、大きな議論となった秋田県仙北市。

市内で高齢者のお宅をまわっていると、祝い金支給対象の80歳が近い女性に話を聞くことができました。

酒出キヱさん(79)

酒出キヱさん(79)です。

長く連れ添った夫と3年前に死別し、今は1人暮らしです。

「お前にやるから」

7歳年上だった夫は80歳になった時、受け取った「敬老祝い金」を酒出さんに使ってほしいと手渡したということです。

その後、そのことを忘れていましたが、おととしになって家の引き出しにあるのを偶然見つけました。

夫が残してくれた5000円。

考えたすえに、隣の県で暮らす娘と孫が来てくれた時の食事代として使うことにしました。

夫・司さんと 毎年、紅葉狩りに出かけたという

3人で食べたのは、すき焼きと、いぶりがっこ、ポテトサラダ。

デザートにショートケーキも付けました。

「うちのお父さん、すき焼きが好きだったからな」

いくつになっても娘は娘。

電話するより、目の前で顔を見て話せれば元気な様子に安心するし、隠し事なくなんでも話すことができる。

わいわいできる時間があることがうれしい。

酒出さんは来年、祝い金を受け取りますが、祝い金をきっかけに、離れて暮らす孫や娘とまた会えることを楽しみにしています。

酒出キヱさん
「娘たちが来るのを楽しみにして、3、4人で賑やかにしようかなって。そうさせてもらいたいなと思います」

その時は、祝い金を渡してくれた夫へのお返しで、好きだったリンゴを1箱買って、仏前にお供えするつもりです。

お金の額や、制度のカタチがたとえ変わったとしても、変わらないもの。

そこに思いをはせられる社会であってほしい。

そう感じた取材でした。

秋田放送局 記者
佐々木意織
2019年入局
曽祖母はことし102歳
感謝の気持ちを伝えたいと思いました。

ネットワーク報道部記者
杉本宙矢
2015年入局
熊本局を経て現職
おじいちゃんおばあちゃん「ありがとう」

ネットワーク報道部記者
直井良介
2010年入局
山形局などを経て現職
障害者問題を継続取材中
「みんなの選挙」をよろしくお願いします