遠藤浩二 松本惇 

警視庁=米田堅持撮影
警視庁=米田堅持撮影

 軍事転用可能な装置を不正輸出したとして外為法違反に問われた化学機械製造会社「大川原化工機(おおかわらかこうき)」(横浜市)の社長らの起訴が取り消された問題で、警視庁公安部が有識者から聞き取った内容と異なる聴取報告書を作成した疑いがあることが、捜査に協力した大学教授ら4人への取材で判明した。毎日新聞が入手した報告書を確認してもらったところ、4人全員が「一方的に作られたものだ」と証言した。

 この報告書は経済産業省に提出され、同社の装置が「輸出規制品に該当する」と判断される材料となった。経産省は当初、輸出規制品と認めることに消極的だったとされる。複数の捜査関係者は取材に「経産省を説得するには、有識者の『お墨付き』が必要だった」「有識者をだます形で報告書は作られた」などと話していて、有識者の証言と符合している。

 捜査関係者によると、公安部は2017年春、同社が噴霧乾燥器を不正輸出したとみて捜査を開始。噴霧乾燥器は生物化学テロに悪用される恐れがあり、内部を殺菌できる性能があるものは国際的に輸出規制の対象とされていたが、日本では「殺菌」の解釈が曖昧な状態にあった。

 公安部は独自の殺菌解釈を組み立て、自らの解釈に合う証拠を集めていた。ただ、外為法違反の立件には経産省から「規制品に該当する」との見解を得ることが不可欠で、公安部は経産省に掛け合ったが、経産省は難色を示したとされる。

 公安部は17年に生物化学テロや細菌に詳しい有識者に意見を聴いた上で、聴取内容をまとめたとする報告書を作成。それらを添付して18年8月と19年7月に同社の噴霧乾燥器が規制品に該当するか、経産省に正式照会した。経産省は「添付資料の内容を前提とすれば、規制品に該当すると思われる」と回答した。同社社長ら3人は20年に逮捕・起訴され、21年夏に起訴が取り消された。

 警察の内部資料では、東京地検は、公安部が法令解釈を「『意図的に、立件方向にねじ曲げた』という解釈を裁判官にされるリスクがある」と指摘していた。

 毎日新聞は公安部が作成した有識者の聴取報告書を入手。捜査の焦点となっていた殺菌について意見を述べた、防衛医科大学校の四ノ宮成祥学校長▽千葉大大学院医学研究院の清水健准教授▽武蔵野大薬学部の佐々木次雄・元客員教授▽別の医学系の大学教授――の4人に内容を確認してもらった。

 4人はいずれも、報告書が大川原化工機への捜査の一環で経産省に提出されたことは「知らなかった」と証言した。4人とも報告書の内容を確認したことはなく、同意のない文書だとした。

 報告書で四ノ宮学校長と清水准教授は、公安部の独自の殺菌解釈を踏まえ、同社の噴霧乾燥器が規制対象に「該当する」と明言していた。しかし、四ノ宮学校長は取材に「私は該当性を判断する立場にない。文章が作られている」、清水准教授も「該当すると断言したことはない」と語った。

 他の2人の報告書も公安部の殺菌解釈を是認する内容だったが、2人は「説明したことが報告書で取り上げられていない」などとして内容が恣意(しい)的だと批判した。

 毎日新聞は聴取報告書に正確な内容を記載したのか警視庁に質問した。警視庁は同社から損害賠償訴訟を起こされていることを理由に「お答えを差し控える」と回答した。【遠藤浩二、松本惇】