第2次岸田政権が発足した。甘利前幹事長の辞任に伴い茂木外相が幹事長に就任、その後任に林氏が就任した。あとの全閣僚は再任。内閣総理大臣として岸田氏は、記念すべき100代目と101代目をともに担う。すでに歴史にその名を記したといえる。そこで今後の見どころを考えてみた。一国の総理に向かって見どころなどというのは不遜かもしれない。が、素人的には永田町で繰り広げられる政治を一場のドラマとして眺めた方が面白い。題して「岸田首相の“強弱物語り”」。さまざまな登場人物が織りなす心理的な駆け引き、押したり引いたり、騙したり騙されたり、政治とはそもそも心理的なゲームだ。必ずしも強いものが勝つわけではない。弱いふりをする方が強い時もある。そこが見どころというわけだ。

第1次政権発足時には安倍、麻生、甘利、いわゆる3Aの意向を忖度しながら党や内閣の人事を行っていた。第1印象は“弱い総理”だった。その根拠は麻生副総裁であり甘利幹事長の起用だろう。この時、個人的にはこの政権はひょっとすると短命に終わるのではないか、そんな気がした。11月7日投開票とみられていた総選挙の日程をいきなり10月31日に繰り上げた。メディアの報道によるとこれは首相の“孤独な決断”だったようだ。これを機に“弱い総理”は、“弱いふりをしている総理”かも、そんな思いが脳裏をかすめた。総選挙の結果、甘利幹事長が小選挙区で落選。幹事長を辞任するというハプニング。この辞任をきっかけに“弱い総理”からの脱却が始まったような気がする。岸田氏にとって甘利氏の辞任は、痛手というよりは天の恵みだったのかもしれない。

総選挙では261議席という絶対安定多数を確保、実質的な勝利を勝ち取った。立憲民主党の自滅が岸田氏の勝因だろう。だが選挙は勝てば官軍だ。甘利氏の辞任で後任の幹事長には安倍氏とも近い茂木氏を起用。玉突きとなった外相人事では安倍、麻生両氏の反対を押し切って林外相を起用した。少しずつだが独自色が見え始めている。気のせいかもしれないが、就任当初見られた3Aにたいする忖度も少しずつ薄れてきたようにみえる。特別定額給付金では所得制限なしを主張する公明党を押し切った。同党の振る舞いにも問題はあったが、「決められない総理」の決断はいつになく早かった。“弱いふりをしている総理”が強くなり始めた瞬間かもしれない。問題はこれからだ。長期政権を担える本当に強い総理になれるのか。来年の参院選勝利が最低条件。もう一つ挙げるとすれば「独自色」。強い総理への道は必ずしも平坦ではない。