遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
訪米した韓国の文在寅大統領と会談するトランプ米大統領(5月22日) Kevin Lamarque-REUTERS
24日夜、トランプ大統領が米朝首脳会談中止を宣言すると、中国は激しい怒りを表明。北朝鮮が唯一最大の核実験場を完全破壊した直後に会談中止を宣言するとは信義にもとると即時に社説と論評を掲載した。
トランプ大統領の会談中止表明
日本時間の24日夜、ホワイトハウスはトランプ大統領が金正恩委員長宛てに書いた書簡を発表した。トランプ大統領の署名入りのその書簡には、6月12日に予定されていた米朝首脳会談の開催を中止する意向が書いてある。
24日23:56、環球時報社説が激しい怒りを表明
中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」社評(社説)が、同日23:56に素早く反応。トランプ大統領の会談中止決定に対する激しい怒りを表明した。タイトルは「アメリカが米朝首脳会談を取り消したのは半島局面に対する強い衝撃」。
以下、社評の主旨を概説する。
1.トランプがこのような宣告をしたのは、北朝鮮が同国の唯一にして最大の核実験場を爆破して数時間後のことだった。
2.北朝鮮が豊渓里(プンゲリ)にある地下核実験場を爆破したのは、北朝鮮が非核化の意思表明を証明した実質的な第一歩であった。
3.北朝鮮の国土面積は非常に狭く自然環境の条件にも限度があるので、北朝鮮にとって、もう一度同様の核実験場を建築することは実際上不可能であるほど困難を極める。
4.この困難な決意をようやく実行に移し、朝鮮半島非核化の意思が本当であることを表明してから数時間も経たない内に、このタイミングで会談中止を宣言するというのは(核実験場爆破の前ではなく、爆破した後に中止を宣言するというタイミングを選んだのは)、あまりに信義にもとる行為であり、「故意である」としか考えられず、北朝鮮側のアメリカへの憤怒を激増させるだろう。
5.豊渓里の核実験場の破壊は、紆余曲折はあっても、「対抗から、互いに相手の方向に向かい合おう」としてきた、ここ数カ月の北朝鮮の誠意と半島非核化の決意の表れだった。その誠意が本物であるために北朝鮮は3人の拘束していたアメリカ人を解放したりするなどして、アメリカを信じようとする努力をしてきた。
6.それなのに、このタイミングで米朝首脳会談の延期ではなく、中止を宣言した上に、北朝鮮への制裁をこれまでになく高めていくとまで表明したのは、国際社会におけるアメリカの信用を著しく失墜させるものである。
7.これは正に、イラン核合意離脱というアメリカの言動と同じで、国際社会は最早アメリカを信用しなくなるだろう。
8.ただいくらか幸いなことは、北朝鮮は中朝首脳会談と南北首脳会談を通して、中国および韓国との信頼関係を回復しており、世界は北朝鮮の別の側面を発見したことだろう。それにより北朝鮮は国際社会に立ち戻る地ならしをしたものとみなす。
9.米朝の敵意は、半島情勢の新たな突出した要素を成り得るかもしれない。しかし我々は、米朝が敵対を継続させず、最悪の方向へ向かうことを避ける努力を続けてほしいと切望する。
10.非核化の目標を掲げて、その実行に着手し始めた北朝鮮に対し、中国は関係を改善し、友好的な勢いを発展させていくつもりだ。韓国も、このようやく訪れた融和の形勢を継続させ、アメリカが北朝鮮に対する極限的な軍事的圧力を高めないよう、努力することを望む。
11.情緒的に言い放つのは一時的な痛快感をもたらすかもしれないが、その結果は計り知れないほど危険だ。関係各国が冷静に行動することを望む。
以上が、5月24日23:56における環球時報の社評だ。
なお、5月21日のコラム<「北の急変は中国の影響」なのか?――トランプ発言を検証する(後編)>で取材した元中国政府高官は、24日夜半の取材に対して、
「ほら見ろ!北朝鮮が怖れていたのは、このことだよ。これはまさに、核武装を全て放棄させた後に体制を崩壊され血まみれになって惨殺されたリビアのカダフィ大佐と類似の流れじゃないか。金正恩は、アメリカのこのやり方を警戒して、アメリカを信頼することがなかなか出来なかった。それを証明するようなことをトランプはやるべきじゃない。北東アジア情勢に責任を取るべきだ」
と、これもまた、激しく怒りをぶつけてきた。
25日00:02、環球時報が専門家の解説_アメリカの負けか
25日00:02、環球時報は専門家の見解を掲載した。タイトルは<トランプの米朝首脳会談取り消しは、アメリカがより多く負けたか>。
これも長いので、要点のみを列挙する。
一、この決定はトランプ個人が閣僚との相談もなく決めたように見えるが、必ずトランプは米国内の強硬派の世論を汲み取っているはずだ。しかしこのタイミングにおける決定は実に愚かで、必ずしも強硬派の称賛を得ることができないだけでなく、イラン核合意離脱同様、他の勢力の強烈な反対に遭うだろう。
二、米韓同盟に関しても危機をもたらすにちがいない。文在寅訪米の目的は米朝首脳会談実現にあった。その彼のメンツは完全に潰され、韓国をアメリカから離反させる役割をする。
三、中国はアメリカと協力しながら、何としても朝鮮半島の非核化を目指して努力しようとしていたが、その努力をも踏みにじったことになる。同時にアメリカは国際社会の信用を失うだろう。
四、トランプには、アメリカの方が北朝鮮よりも米朝首脳会談をしたがっていると思われたくないという意地があるだけで、そのようなつばぜり合いで金正恩を負けに追い込みたいと思ったのだろうが、これは大国のやることではない。
五、トランプの、「金正恩を負けさせたい」という子供の喧嘩のような意地は、結果的に北朝鮮を中国の方に近づけさせ、中国の役割を増大させた。中国は半島の非核化に大いに貢献し、米朝首脳会談の実現に向けて貢献することになるだろう。
したがってトランプのこの決定は、「アメリカを負けに追いこんだ要素が大きい」と解説は結論付けている。
取材した元中国政府高官は、以下のように述べた。
――トランプは愚かだ。北朝鮮の態度が5月11日の米韓合同軍事演習と、リビア方式を示唆するアメリカの姿勢にあったのにもかかわらず、それを中朝の二度目の会談(大連会談)のせいなどにして、自分の立場が弱くなるのを逃れようとした。あれは米国民に対して自分のメンツを保つためだ。そんなちっぽけな見栄を張るものだから、結局は中国の役割を大きくさせる結果を招いた。中朝は、それほど本気で緊密ではなかったが、これで北朝鮮も本気で中国を頼るしかなくなったと思い知るようになってしまっただろう。つまりトランプは愚かな宣言をすることによって中朝の緊密化を本物に近づけさせ、米韓の離間を早める結果を招いている。結果、トランプの役割は付随的なものとなる。トランプの周りにはブレインがいない。内閣がスカスカであることが露呈した。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。