遠藤誉 | 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国の習近平国家主席とイタリアのコンテ首相(写真:ロイター/アフロ)
イタリアを訪問し「一帯一路」協力の署名に漕ぎ着けた習近平国家主席は、イタリアの港湾を掌握して中華帝国の完成を狙っている。ヨーロッパ23カ国は既に「一帯一路」協力を表明しており、残るはG7の切り崩しだけだった。
◆「古代シルクロードの両端は中国とイタリア」
3月21日にイタリアの首都ローマに到着した習近平国家主席は、22日にマッタレッラ大統領による盛大な歓迎式典を受け、23日にはコンテ首相と会談した。
その席で習近平は「古代シルクロードの両端は中国とイタリアだった。両国の歴史は2000年以上前に遡ることができる。われわれは今、そのシルクロードに新しい活力を漲(みなぎ)らせようとしている」と切り出した。
かつてのローマを出発点として西安まで連なっていたシルクロードで絶対的権勢を誇っていたのはローマ帝国だった。しかしいま北京を始点として西へ西へと広がりを見せながら、その終点をローマにまで伸ばそうとしている「陸と海のシルクロード」(一帯一路)を支配しているのは「チャイナ・マネー」だ。
特にイタリアは「2008年~2009年、そして2012年~2014年と2回にわたる経済危機に陥っており、昨年はEU諸国の中でGDP成長率が最も低く、EU諸国の足を引っ張っているとさえ言える」と、中国の中央テレビ局CCTVは解説している。それによれば、2000年~2018年のイタリアのGDP成長率は年平均0.2%と、ほぼゼロ成長にまで落ち込み、EU全体の過去10年の平均である2%を遥かに下回っているとのこと。したがって中国がイタリアに手を差し伸べるということが、イタリア経済にとって、どれだけ恩恵を与えることかと、CCTVは誇らしげに分析した。
こうして23日、イタリアは「一帯一路」に参画する覚書に署名した。
中国が目指すのはアドリア海に面するイタリアのトリエステ港だ。
この戦略的拠点を押さえさえすれば、ローマ帝国を中心に栄えた「古代シルクロード」は、中華帝国を中心に制覇しようとしている「新時代のシルクロード」となり、中国は「一帯一路」戦略をほぼ完成させることができる。これこそは「中華民族の偉大なる復興」を実現する大きな要の一つなのである。
覚書ではトリエステ港の港湾整備に中国企業が参入することなど、20数項目のプロジェクトが締結され、その規模は200億ユーロ(約2.5兆円)に上るとのこと。昨年8月に大崩落事故を起こしたジェノバ橋に代表されるように、財政難にあえぐ、リグリア海に面するジェノバ港も中国の手中に落ちて、中華帝国「新時代のシルクロード」の終点を飾ることだろう。
もっとも、トリエステやジェノバが、第二のギリシャのピレウス港になりはしないかという懸念が世界を覆ってはいるが。
◆陰の立役者ミケーレ・ジェラーチ
この「晴れの舞台」の立役者は、実はついこの間まで中国の大学で教鞭をとっていたミケーレ・ジェラーチというイタリア人経済金融学者だ。2008年から浙江大学の教授を務め、2013年からは同じく浙江省にある寧波諾丁漢大学(The University Of Nottingham Ningbo China)でも教育研究に当たっていた。この大学はイギリスを懐柔するために2004年、胡錦濤政権時代に設立されたもので、そのころ浙江省の書記だった習近平は、祝いの言葉を寄せている。
ジェラーチはもともと銀行に勤めた経験もある投資家でもあったことから、中国経済、特に一帯一路に強烈な興味を持った。
2018年5月にイタリアで選挙があり、紆余曲折を経て8月に現在の新政権が誕生したのだが、現政権は誕生2カ月後に「中国任務ワーキンググループ(中国担当タスクフォース)」を設立した。その代表者が新政権で経済発展省次官に抜擢されていたミケーレ・ジェラーチだ。流暢な中国語をあやつるジェラーチは、「イタリアこそが一帯一路に参画すべきで、古代シルクロードの始発点であったローマが、新時代のシルクロードに参画しないことはあり得ない話だ!」という主張の持ち主なのである。
習近平のイタリア訪問に合わせて、3月22日、中国政府の通信社である新華通信の電子版・新華網がジェラーチを独占インタビューし、それを中国政府網が大きく報道している。
ジェラーチは、「イタリアの対中貿易は大きくヨーロッパの周辺国から立ち遅れており、たとえばフランスのワインの対中輸出はイタリアの7倍であり、あのアイルランドでさえ食品や飲料などにおいてイタリアを遥かに優っている」と指摘し、「イタリアは一刻も早く追いつき、先頭を走らなければならない」と強調した。
これに呼応して、CCTVの取材を受けたコンテ首相は「一帯一路が提唱する経済貿易は、完全にイタリアの国益と一致しており、イタリアの港湾は、まさに新シルクロードの天然の目的地となり地政学的な位置から利益を得なければならない」と語っている。
それに対して習近平は「友誼は偶然の選択ではなく、志同道合(志が同じで、進む道が一致する)の結果である」という、イタリアの小説家アルベルト・モラビアの明言を引用して答えた。
◆G7の一角を切り崩す習近平
こうしてG7の一角を切り崩す、正当にして遠大なる理屈が創りあげられたのである。
中国はそもそもG8の時代から、その存在は「虚構に過ぎない」として強く批判し、特にロシアがG8 から外されてG7となった後は、まるで恨みでも持っているかのように「先進7か国」の集まりを蔑視してきた。
したがって「一帯一路」とペアで動いているAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立に当たっても、まずはイギリスを巧みに誘導して参加させ、一気に雪崩を打ったように創設メンバー国にフランス、ドイツ、イタリアなどを加盟させることに成功している(2015年)。AIIBに関しては、G7の結束はこの時点で崩壊している。
今はアメリカが対中強硬策で頑張っているので、容易にG7が「一帯一路」に向かって、AIIB創設時のような動きをする可能性は低いだろうが、日本が第三国で「一帯一路」に協力すると表明したことは、「フランスもまた第三国協力で」という不確定要素をもたらしている。この度の訪仏で、習近平はマクロン大統領に、そのように話しており、CCTVでは「日本モデルを基準にして」とさえ解説した。
昨日(25日)、安倍首相は参院予算委員会で、「一帯一路に日本が協力するには、4条件(適正融資による対象国の財政健全性やプロジェクトの開放性、透明性、経済性)を満たす必要があり、4条件を満たせば協力していこうということであって、全面的に賛成ではない」旨のことを答弁したが、もう遅い。今さらそのようなことを国内で言っても、昨年10月26日に習近平と会談したときには、そのようには言っていない。
これに関しては3月11日付けのコラム<全人代「日本の一帯一路協力」で欧州への5G 効果も狙う>で述べた通りだ。
◆5G選択に揺れるヨーロッパ諸国
拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を狙っているか』では、「一帯一路」は空中シルクロード聯盟とともに、宇宙から「一帯一路」の内の発展途上国に代わって中国が人工衛星を打ち上げGPS管理もしてあげるという、宇宙の実効支配を狙った「一帯一路一空天」(天は宇宙)にまで発展していると述べた。
ここにさらに次世代移動通信システム規格「5G 」を重ね合わせた戦略「デジタル・シルクロード」が潜んでいることを見逃してはならないだろう。
すでに「一帯一路」に協力する覚書に署名したヨーロッパの国々には「オーストリア、ギリシャ、ポルトガル、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、スロバキア、ウクライナ……」など23カ国があり、今般のイタリアを入れて24か国となる。
これらの国々が5Gに関してHuaweiを排除する可能性は非常に低い。
たとえばオーストリアを例にとるならば、中国とオーストリアの間には「奥中商業協会(AUSTRIAN CHINESE BUSINESS ASSOCIATION)」というものがあり、工商業活動において密接な連携を保っている。
さらに人類が解読することができない「量子暗号」を搭載した量子通信衛星「墨子(ぼくし)号」打ち上げで有名な「量子の父」と呼ばれる潘建偉教授は、若い頃オーストリアに留学していた。オーストリア科学アカデミー院長で宇宙航空科学の権威であるツァイリンガー博士が、彼の恩師だ。「墨子号」はオーストリア科学アカデミーとの協力により打ち上げに成功している(上記の拙著第四章で詳述)。
したがってオーストリアは、中国の「通信技術」に関して強い信頼を持っており、非常に緊密な関係にある。残り23カ国と5G との関係を一つ一つ紐解いていくには膨大な文字数を要するので今回は省略するが、ことほど左様に、5G規格採用に関して、これらの国々がHuaweiを排除する可能性は極めて低いのである。イタリアはもちろんHuaweiとZTEを排除しないと明言している。
ドイツやフランスとHuaweiとの関係にも触れたいが、今回は、ここまでにしよう。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。日本文藝家協会会員。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中英文版も)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など多数。