MMT(現代貨幣理論)という言葉が、新聞やテレビでも取り上げられるようになっている。そうした報道(たとえば2019年5月7日記事)によれば、政府が膨大な借金を抱えても問題はないと説いている「理論」だ。

   この考え方は、アメリカの主流経済学者からは批判されている。筆者も、文献を読んだが、さっぱりわからない。通常の経済理論は、誤解のないように数式モデルで構成されているが、MMTには雰囲気の記述ばかりで、まったく数式モデルがないからだ。アメリカの主流経済学者もおそらく筆者と同じ感想であり、論評する以前の問題だろう。一般の人には数式の有無は関係ないだろうが、専門家の間では問題である。例えば、相対性理論を数式なしで雰囲気で説明することはできるが、数式なしでは正確なGPSは作れない。

  • 財務省の思惑は?

リフレ派には数式モデルがある

   一方、日本では、筆者を含め経済学者の一部はリフレ派といわれる。筆者は、これまで統合政府では財政再建の必要性はないとか、インフレ目標までは財政問題を気にする必要はないなどと主張してきた。

   リフレ派は今から二十数年前に萌芽があるが、筆者らは、世界の経済学者であれば誰でも理解可能なように数式モデルを用意してきた。興味があれば、岩田規久男編『まずデフレをとめよ』(2003年、日本経済新聞社)を読んでほしい。数式モデルは、(1)ワルラス式、(2)統合政府、(3)インフレ目標で構成されている。

   これらのモデル式から、どの程度金融政策と財政政策を発動するとインフレ率がどう変化するのかが、ある程度定量的にわかるようになっている。この定量関係は黒田日銀で採用されている。

   リフレ派は数式モデルで説明するので、アメリカの主流経済学者からも批判されていないどころか、スティグリッツ、クルーグマン、バーナンキらからは概ね賛同されている。

   しかし、日本では、リフレ派の主張は、しばしばMMTの主張と混同される。筆者からみると、MMTで数式モデルがないのでどうして結論が出てくるのかわからない。

   冒頭で紹介した新聞報道の中で、「日本政府の借金が仮に5000兆円になっても全く問題ない」という件がある。リフレ派の数式モデルでは、そうなるとインフレ率1000%程度になり、大問題になる。それを指摘すると、MMT論者はインフレになるまで借金をするという意味だといってくる。しかし、これもおかしい。インフレ目標2%以内という条件なら、借金5000兆円になるまでは数十年を要する話だ。数字があまりに非現実すぎるのだ。

MMTは定量的な議論に弱い

   もっとも、財務省にとって、日本でMMTとリフレ派が混同されるのは好都合だ。MMTはアメリカ主流経済学者が否定し、しかも定量的な議論に弱い。つまり、財務省にとっては突っ込みどころ満載なのだ。

   一方、リフレ派の議論は、アメリカ主流経済学者も賛同するし、定量的な議論の上に、財政再建は終わっているとか、財務省にとって目障りだ。

   財務省からみれば、MMTを潰せば、リフレ派も自動的に抹殺できると思っているフシがある。

   財務省にとって最大の悲願は、今年10月に予定されている消費増税を何がなんでも実施することだ。国内・世界経済情勢は、先行き不安があり、消費増税には不利になりつつある。その中で、筆者の邪推だが、財務省は消費増税のために理論武装が弱いMMTを標的にし、それとともにリフレ派も葬り去りたいのかもしれない。

++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長 1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわ ゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に 「さらば財務省!」(講談社)、「この数字がわかるだけで日本の未来が読める」(KADOKAWA)、「日本の『老後』の正体」(幻冬舎新書)など。