[キャンベラ 21日 ロイター] – 2018年初頭、オーストラリア首都キャンベラにある低層ビル群の内部では、政府のハッカーたちが、破壊的なデジタル戦争ゲームを遂行していた。
オーストラリア通信電子局(ASD)のエージェントである彼らに与えられた課題は、あらゆる種類のサイバー攻撃ツールを使って、対象国の次世代通信規格「5G」通信網の内部機器にアクセスできた場合、どのような損害を与えることができるか、というものだ。
このチームが発見した事実は、豪州の安全保障当局者や政治指導者を青ざめさせた、と現旧政府当局者は明かす。
5Gの攻撃ポテンシャルはあまりにも大きく、オーストラリアが攻撃対象となった場合、非常に無防備な状態になる。5Gがスパイ行為や重要インフラに対する妨害工作に悪用されるリスクについて理解されたことが、豪州にとってすべてを一変させた、と関係者は話す。
電力から水の供給、下水に至るすべての必須インフラの中枢にある情報通信にとって5Gは必要不可欠な要素になる──。マイク・バージェスASD長官は3月、5G技術の安全性がいかに重要かについて、シドニーの研究機関で行ったスピーチでこのように説明した。
世界的な影響力拡大を目指す中国政府の支柱の1つとなった創立30年の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)に対する世界的な締め付けを主導したのは、米政府だと広く考えられている。
しかし、5Gを巡って実際に行動を促したのはオーストラリアであり、米国の反応は当初鈍く、英国など欧州諸国は、安全保障上の懸念とファーウェイの誇る低価格競争力の板挟みになっていたことが、ロイターの20人を超える現旧西側当局者への取材で明らかになった。
既存通信網においても、豪州は以前からファーウェイに懸念を持っていた。だがこの5G戦争ゲームが、大きな転機となった。
このシミュレーション開始から半年後、オーストラリア政府は、世界最大の通信機器メーカーであるファーウェイを同国の5G計画から事実上締め出した。政府の広報担当者は、この「戦争ゲーム」についてコメントしなかった。
オーストラリアが米政府幹部に情報共有したことを受け、米国を含めた他の国々も、ファーウェイ規制に乗り出した。
「ファーウェイ封じ」の動きは先週、トランプ米大統領が国家安全保障を理由に米通信ネットワークから同社製品を事実上排除する大統領令に署名し、同社に対して政府の許可なく米国の重要技術を購入することを米商務省が禁止したことで、さらに激しさを増した。
ロイターは、米グーグルの持ち株会社アルファベットが、ファーウェイとのビジネスを一部停止したと報じた。
昨年半ばまで、米政府は、ほとんどこの問題に「関心を持っていなかった」と、オバマ前政権で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたジェームズ・ジョーンズ元海兵隊大将は指摘する。
米政府高官が行動へと突き動かされたのは、5Gが何をもたらすかが、突如として明らかになったためだ、とジョーンズ氏は言う。
5G技術への理解は「極めて急激に深まった」と同氏は言う。「ほとんどの人は、革命的というよりも漸進的な変化だと考えていた。今や、その実態が明らかになった」
習近平国家主席の下で軍事力を拡大する中国をけん制する幅広い取り組みの一環として、米国は積極的にファーウェイの封じ込めに取り組むようになっている。
2012年に共産党総書記の座についてすぐに習氏が始動した人民解放軍の改革において、サイバー能力の強化は重要な要素だったことが、米政府当局者や中国軍の関連書類で明らかになった。
中国政府が戦略的、商業的な利益のためにハッキングを後押ししていると米政府は批判している。
<重要インフラへの脅威>
もしファーウェイが世界の5Gに足場を築けば、中国政府は、重要インフラを攻撃し、同盟国間の共有情報に侵入する、かつてない機会を手中に収めることになる、と米政府は懸念している。これには公共施設や通信網、重要な金融センターに対するサイバー攻撃が含まれる、と西側の安全保障当局の高官は指摘する。
どんな軍事衝突においても、衝突エリアから遠く離れた場所に対して銃弾や爆弾を使わず、封鎖もなく経済的な損害を与え、市民生活を寸断できるこのようなサイバー攻撃は、戦争自体の性質を劇的に変化させることになる。もちろん中国にとっても、米国やその同盟国からの攻撃にさらされることになる。
中国政府は2015年の国防報告書「中国軍事戦略」ですでに、相手国は特定しなかったものの、サイバースパイ攻撃を受けたと主張していた。 米国家安全保障局(NSA)の元職員エドワード・スノーデン氏がリークした同局の書類によると、米国はファーウェイのシステムにハッキングを仕掛けていた、と報じられている。ロイターはこのような攻撃について独自に事実確認ができなかった。
とはいえ、ファーウェイ封じは、米国とその同盟国、特に、機密情報を共有する「ファイブアイズ」に属する英国、カナダ、オーストラリアとニュージーランドにとって、大きな課題となる。
中国深センで1980年代にひっそりと誕生したファーウェイは、世界通信網に深く根を張った巨大テクノロジー企業へと成長し、5Gインフラ構築で主導権を握ろうと目論んでいる。
2018年の売上高が1000億ドル(約11兆円)を超える強大な資金力に加え、技術競争力と中国政府の政治的後ろ盾を持つファーウェイに代わる企業は、世界的に見てもほとんど見当たらない。
「ファーウェイの米国事業を規制しても、米国がより安全になったり、強くなったりすることはない」と同社はロイターに文書でコメントした。そのようなことをしても、「米国の消費者が二流で高価な代替品」しか手に入れられなくなるだけだ、と述べた。
ファーウェイ排除に乗り出す国は、中国からの報復リスクに直面する。
昨年同社を5G通信網から締め出したオーストラリアは、中国向け石炭輸出が中国側の通関手続きの遅延などで滞った。中国外務省は「全ての外国産石炭を平等に扱っている」と声明で主張し、「中国が豪州産石炭を禁輸したと決めつけるのは事実に反する」と反発した。
ファーウェイを巡る対立は、第2次世界大戦後の安全保障体制の基礎であったファイブアイズ内の亀裂も浮き彫りにした。
ポンペオ米国務長官は8日、訪問先のロンドンで、5G通信網へのファーウェイ参入を禁止していない英国に鋭い警告を発した。
「安全性が不十分な状態では、信頼できるネットワークで行われる一定の情報共有を行うことが難しくなる」と長官は述べた。「これはまさに中国の思うつぼだ。西側の同盟を、銃弾や爆弾ではなく、バイトやビットで分断したいと願っているのだ」
74歳になるファーウェイ創業者の任正非(レン・ツェンフェイ)最高経営責任者(CEO)は、中国人民解放軍の出身だ。
「任氏は常に、ファーウェイの品位と独立性を維持してきた」と同社は説明する。「スパイ活動への協力を要請されたことは一度もなく、いかなる状況においてもそのような要請は拒否する」
ファーウェイの徐直軍(エリック・シュー)輪番会長は、いかなる政府に対しても、スパイ活動などを可能にする裏口(バックドア)機能設置を自社製品に認めたことはなく、今後も絶対にないと断言した。
深センにある同社本社でロイターの取材に応じた同会長は、5Gは従来のシステムよりも安全性が高いと述べた。
「中国は、これまで企業や個人に対し、地元の法律に反する方法やバックドア機能を使って国内外のデータや情報、機密情報を集めたり、提供を要請したことはなく、これからもない」と、中国外務省はロイターの問い合わせに対して文書で回答した。
米政府は、不正なバックドアがなくても5Gシステムに大損害を与えることができると主張する。同システムは、サプライヤーが提供するソフトウェア更新に大きく依存するため、こうした5Gネットワークへのアクセスが、悪意あるコード送信に悪用される恐れがある、と米政府は指摘する。
これまでのところ、米政府はファーウェイ機器がスパイ行為に使われたという確かな証拠を公表していない。
5Gの潜在的脅威に対する米政府の対応が遅かったのではないかとの質問に対し、国務省でサイバー政策を担当するロバート・ストレイヤー氏は、米国は以前から中国の通信会社に懸念を抱いてきたが、5G導入が近づいた昨年以降、「同盟国とより緊密に協議するようになった」と、ロイターに語った。ファーウェイを5G通信網から締め出すことは「最終的な目標」だと述べた。
<テクノロジーの脅威>
西側諸国は、以前から中国の通信機器に懸念を持ってきた。米下院情報委員会は2012年の報告書で、中国のIT企業が国家安全保障上の脅威になっていると指摘。ファーウエィはこれに反発した。
こうした懸念にもかかわらず、5Gの脅威に対して米政府が対応を始めたのは、つい最近になってからだ。
2018年2月、当時のターンブル豪首相が、ワシントンを訪問。豪情報機関が戦争ゲームを行う前から、IT業界の実業家だったターンブル氏はすでに米国に警告を発していた。5Gには大きなリスクがあり、ファーウェイ対して同盟国が行動することを望んでいた。
「彼は5G通信網がどれほど重要になるかを強調し、われわれが考えるべき安全保障リスクと、それを行う能力や意図、そして強権的法律を持つ国々について警告していた」と、オーストラリアの高官はロイターに述べた。ターンブル前首相の広報担当者は、コメントの求めに応じなかった。
ターンブル氏とそのアドバイザーは、当時のニールセン米国土安全保障長官やロジャースNSA局長ら米政府当局者と会談。中国政府がファーウェイを操る可能性があり、将来的に中国との緊張が高まる場合、このことが脅威となり得るとの考えを伝えた。同会談の内容に詳しい豪州当局者2人がロイターに明かした。
米国側はこの訴えを受け入れたが、世界最大の通信機器メーカーに規制を課すことへの優先順位は低いようだったという。「わわれわれの懸念は、同じような緊急性で共有されなかった」と豪当局者の1人は話した。
ロジャース氏はコメントの求めに応じなかった。米国土安全保障省はこの会談の詳細に触れなかったが、安全保障上の課題でオーストラリアとは緊密に連携していると述べ、「中国は自国の安全保障上の優先事項のためにサイバー諜報活動を続け、サイバー攻撃能力を強化し続けるだろう」と語った。
5G通信技術によって通信速度と容量の飛躍的な向上が見込まれている。データをダウンロードするスピードは現行ネットワークの100倍となる可能性がある。
それだけではない。このアップグレードによって「スマート冷蔵庫」や自動運転車といった、5G網に接続可能なデバイスが劇的に増える見通しだ。「多数のデバイスを使う人が増えるだけでなく、機器同士、デバイス同士の通信が5Gによって可能になる」とオーストラリアのバージェスASD長官は3月の講演で述べている。
こうした5G通信網によって、敵対的な勢力や組織が、国家やコミュニティーの重要インフラに対してサイバー戦争を仕掛けるための侵入ポイントも大幅に増える。敵対勢力自身が5Gネットワークに機器を提供する場合は、この脅威がさらに増大する、と米当局者は主張する。
ファーウェイは、自社が「機器提供する顧客ネットワークに対して、何らかの形でコントロールすることは全くない」と強調。米豪両政府の主張には根拠がないと一蹴した。
2018年7月、英国もファーウェイに衝撃を与えた。情報機関の高官も参加する英政府の委員会が、同社による国家安全保障上のリスクに対処できるとの十分な確信を持てなくなったと報告したのだ。
この報告によれば、ファーウェイの製品設計プロセスについて同委員会が特定した深刻な問題が、「英通信網の新たなリスクと、リスク低減・管理における長期的な課題を露呈した」という。
同委員会の監督下には、国内で使われているファーウェイ製品の検査を目的に2010年に政府が設置し、同社が資金拠出する研究所がある。当時すでに同社が安保上のリスクとみなされていたためだ。
この報告は「寝耳に水」だった、と米当局者は明かす。これがファーウェイによる5Gリスクについて米国が見解をまとめる際の土台になったという。
<西側諸国の認識に変化>
オーストラリア政府は、昨年半ばにかけて5Gに関する懸念を他国に訴え続けた。ある豪政府高官は「安保上の懸念を多くの同盟諸国と共有した。米国や従来のパートナー諸国だけではない。日本、ドイツなどの欧州諸国、韓国と見解を共有した」と語った。
米政府がファーウェイに対する規制を導入し始めたのも昨年半ばだ。トランプ大統領は8月、米政府機関がファーウェイ及び中国の同業、中興通訊(ZTE)と取引することを禁止する法案に署名した。
8月下旬に豪政府は、セキュリティー要件を満たさない企業が国内の5G網に機器供給することを禁じ、一段の強硬措置に踏み切った。ファーウェイも排除の対象となった。
中国外務省は声明で、オーストラリア政府の決定は事実に基づく根拠がなく、「安全保障」基準を乱用していると非難した。
ニュージーランドの政府通信保安局は11月、5Gネットワークでファーウェイ製機器の使用を求める国内業者による最初の認可申請を却下した。
英国の安保当局もファーウェイ製品がスパイに使われる可能性について懸念を抱えていたが、選択肢は限られていた。ファーウェイ以外に広範な先進移動通信ネットワークを提供できるグローバル企業はスウェーデンの通信機器大手エリクソンとフィンランドのノキアだけだ。その中でも、ファーウェイは低コスト機器を迅速に供給できるとの評判を確立していた。
にもかかわらず、英当局者はファーウェイが自社製品に組み込まれているソフトウエアの欠陥を修正できないことに苛立ちを覚えていた。特に、プログラムの設計図とも言えるソースコードの食い違いを問題視した。研究所で検査している同社のコードが、実際に世に出る製品に使用されるコードと同一かを確かめることができなかったからだ。これにより機器の安全性を保証することが難しくなった。
英国のセキュリティー担当当局者のイアン・レビー氏は、同社のソフトウエア設計は20年前のレベルだと指摘。「ファーウェイ機器が脆弱である確率は他のメーカーに比べてはるかに高い」とロイターに語った。
同社は向こう5年に20億ドル以上を投じてソフト設計能力を向上すると宣言している。
英政府はファーウェイについて、5Gネットワークへの限定的な参入を認める方針だが、最終決定はまだ発表されていない。
<ファーウェイの反撃>
西側諸国とファーウェイの間の緊張が高まる中で昨年末には、ファーウェイ幹部の個人的な問題も表面化した。米国の要請を受け、同社の孟晩舟(メン・ワンツォウ)副会長兼最高財務責任者(CFO)が12月、カナダのバンクーバー空港で拘束されたのだ。
創業者の娘でもある孟CFOは、国際的な金融機関を欺いたとして米当局に起訴されており、米国への身柄引き渡しを巡り係争中だ。
捜査に詳しい関係者によると、ファーウェイを巡る対立の背景にあるのは米中間の摩擦だけではない。孟氏とファーウェイの活動について米当局は、両国間の貿易戦争が勃発する以前から目を付けていたという。ただ、ここまで激化した対立は、言うまでもなく、地政学的問題の様相を呈している。
ここ数カ月、ファーウェイ排除に向け、米国は同盟諸国に対する働き掛けを強めてきた。米国のゴードン・ソンドランド駐欧州連合(EU)大使は2月にロイターに対し、5Gは社会のあらゆる側面に影響を及ぼす技術だと述べた。その上で、「常識的な判断として、悪質行為を行ってきた勢力に、社会全体の鍵を手渡すべきではない」と強調した。
ファーウェイ機器がスパイに使われたという証拠があるのかという問いに対しては、「機密扱いの証拠がある」と応じた。
ポンペオ米国務長官は3月、「ファーウェイは中国の国有企業で、中国の情報当局と深い関係がある」とさらに踏み込んで発言している。
同社は中国の政府や軍、情報当局のコントロール下にあるとの見方を繰り返し否定してきた。「ポンペオ国務長官は間違っている」との声明を出し、同社は社員が保有していると説明した。
同社は当初、公然と米国などの対応を批判することは控えていたが、次第に対決姿勢を強めている。2月下旬にスペインのバルセロナで開かれたモバイル業界の見本市では、政府や企業にファーウェイ排除を訴える米政府当局者らと、欧州諸国や顧客に安全性を担保するために派遣された同社の幹部らが火花を散らした。
ファーウェイの郭平(グォ・ピン)副会長は講演で、スノーデンNSA元職員が暴露した「プリズム」と呼ぶ米情報収集活動を念頭に、「壁にはプリズムがある。最も信頼できるのは誰か」と揶揄(やゆ)した。聴衆からは笑いが起きた。
欧州通信会社の幹部も米当局者に対し、ファーウェイが安保上のリスクだという決定的証拠を示すよう迫ったという。
米当局者は、決定的な証拠を待ってからでは遅いと反論した。「もし銃から煙が出ているとすれば、すでに撃たれている。弾丸をこめた銃の前で、なぜ並んでいるのか私には分からない」
(Cassell Bryan-Low記者, Colin Packham記者, David Lague記者, Steve Stecklow記者, Jack Stubbs記者、翻訳:石黒里絵、山口香子、編集:下郡美紀)