(写真:つのだよしお/アフロ)
「#検察庁法改正案に抗議します」──Twitterをこのハッシュタグが席巻している。その数はすでに600万ツイートを超えると見られるが、注目されるのは多くの芸能人たちも声をあげたことだ。
その一部を列挙すると、小泉今日子、浅野忠信、ラサール石井、大久保佳代子(オアシズ)、井浦新、城田優、Chara、秋元才加、西郷輝彦、大谷ノブ彦(ダイノジ)、緒方恵美、高田延彦、水野良樹(いきものがかり)、日高光啓(AAA)、末吉秀太(AAA)などである(敬称略)。なかでも、きゃりーぱみゅぱみゅのツイート(現在は削除)に対し、保守系の評論家が「歌手やってて、知らないかも知れないけど」と前置きしたうえで反論したことは強く注目された。
なんにせよ近年の日本において、これほど多くの芸能人が同時に時の政権について抗議を表明する事態は、きわめて珍しい。
この背景には、ここ数年の日本芸能界の変化がある。
安保法制よりも大きな抗議
2015年、大きな批判を巻き起こした安全保障関連法制の議論が生じた際、反対の意思表示をする芸能人が見られた。石田純一、笑福亭鶴瓶、坂本龍一、渡辺謙、SHELLYなどである。今回ほどではないが、その動きは決して小さくないものだった。なかでも俳優の石田純一さんは国会前でのデモで演説し、翌年には、野党統一候補として都知事選への立候補も検討するほど政治に対して意欲的な姿勢を見せた。
今回の検察庁法改正案への芸能人による反対声明は、5年前の安保法制よりもずっと大きな広がりを見せている。大きな広告の仕事をしている芸能人も少なくない。これまでとは異なる状況が生じている。この背景には、3つの理由が考えられる。
ひとつが、安倍政権の新型コロナ対策への危機感だ。今回の感染症は芸能界にも大きな影響を及ぼしている。多くのイベントやライブは中止されたままであり、テレビ番組の収録も非常にかぎられている。個人事業者である芸能人の収入はかなり減り、彼らの出演の場であったライブハウスが閉店する事態も生じている。ミニシアター(映画館)もかなり危機的な状況にある。
しかし、こうした状況に対して政府の対応は鈍く、しかも遅かった。持続化給付金の上限は、中小企業で200万円、個人事業者では100万円だ。こうしたことへの不満や問題意識が間違いなくある。実際、13日に開催予定のYouTube LIVE「ミニシアター・エイドLIVE #ミニシアターと私」には、今回のツイートをした小泉今日子さんと井浦新さんの名前がある。
次は、日本の芸能界が質的に変化しつつあることだ。ここ数年、大物の芸能人が長く所属していた芸能プロダクションを離れて独立・移籍するケースが増えている。その端緒は、2017年に元SMAPの稲垣吾郎・草なぎ剛・香取慎吾の3人だったが、それがもっとも相次いだのは3月末(昨年度末)のことだ。コロナ禍によって目立たなかったが、元SMAPの中居正広や柴咲コウ、米倉涼子などの人気芸能人が独立した。
この背景には、昨年、芸能人の移籍や独立後の活動制限を公正取引委員会が独占禁止法違反とする見解をまとめたことがある。これによって、芸能人が移籍・独立しても干さるリスクは格段に減った。同時に、タレントは所属プロダクション側の顔色を気にしなくてもよくなった。広告スポンサーとの契約もテレビ番組の出演も、自身で判断できるからだ。
今回のケースでは、小泉今日子さんが自身の会社のアカウントで積極的にツイートをしているのが象徴的だ。小泉さんが36年間所属した古巣の芸能プロダクションから独立したのは、2018年1月のこと。もともと歯に衣着せない発言をしてきた彼女だが、以前よりもずっと自由に意見表明をしているように見える。
また独立していなくとも、昨年の吉本興業の闇営業問題もあり、多くの芸能人が以前よりも仕事に対して強い自覚を持つようになったところもあるのかもしれない。
政治弾圧を受けたハリウッド
最後にあげられるのは、グローバル化だ。日本の芸能界は、長らく閉鎖的な状況が続いてきた。とくに90年代に入って産業的に大きく拡大していくなかで、ドメスティックな状況が強まった。結局その傾向は00年代いっぱいまで継続していくが、10年代にインターネットに乗って海外のポップカルチャーが広く浸透していった。K-POPやNetflixのドラマ・映画などだ。
結果、日本の芸能人たちは、活躍の場が国内だけではないことを強く意識するようになった。実際、忽那汐里や宮脇咲良(IZ*ONE)、高橋朱里(Rocket Punch)のように海外で活動をする者も増え始めた。今回のツイートをしたなかでは、秋元才加さんがそうだ。彼女がハリウッド映画『山猫は眠らない8(仮)』に出演することは、件のツイートのあとに発表された。
海外、とくにアメリカでは、芸能人が積極的に政治について発言することは珍しくはない。最近では、2年前に歌手のテイラー・スウィフトが民主党支持を表明して大きく注目された。俳優では、ジョージ・クルーニーが政治発言を繰り返し、同時にみずからのプロデュース・主演で大統領選挙についての映画『スーパー・チューズデー』(2011年)も創った。
彼らが政治発言に積極的であるのには、いくつかの理由がある。
ひとつは、日本と異なりアメリカの芸能人の多くが収入源を広告に頼っていないからだ。彼らは海外のCMに出演しても、自国内で出ることはない。CMによって、みずからの曲や出演作品に制限がつくことを回避するからだ。
アメリカのエンタテインメントが、政治に強く翻弄された歴史があることも関係している。戦後すぐ、冷戦に突入しつつあったアメリカでは共産主義者(と思われるひと)を吊し上げるレッドパージ(赤狩り)が起きた。これにより、チャールズ・チャップリンをはじめ多くの映画人がハリウッドを去り、あるいは『ローマの休日』の脚本家であるダルトン・トランボのように変名で仕事を続けた(一方で、このとき積極的に告発に参与したのは、後に大統領となるロナルド・レーガンが代表を務める俳優組合だった)。こうした過去もあり、公権力を常に監視する文化が根づいている。
最後に、アメリカにおいて有名人は常に公共性を求められる文化があることだ。いわゆる「アメリカン・ドリーム」が魅力的に見えるのは、アメリカが強い格差社会であることの反映だ。富の再分配が限定的な社会制度において、成功者は能動的に社会貢献を求められる風潮がある。政治発言も、芸能人がすることで大きな関心を呼び、それが結果的に公共性への寄与となるという前提がある。芸能人は単に目立つ派手なひとではなく、市民の代表であるべきとする文化規範がある。
今回、日本で生じた芸能人の「#検察庁法改正案に抗議します」ツイートには、こうした海外の芸能人の姿勢に通じるものがある。そこには、公共性への強い意思がうかがえる。みずからが社会の一員として、注目されることを活用して社会に大きく参与・貢献しようとする姿勢だ。それらは、グローバル化することによって生じた日本芸能界の変化だといえるだろう。
カンニング竹山の寛容性
新型コロナ対策への危機感、独立による自由度の高まり、そしてグローバル化による公共性の胎動──今回の「#検察庁法改正案に抗議します」ツイートの背景には、日本芸能界のこうした変化がある。
もちろんこれらの動きを慎重に見る向きもある。
たとえば落語家の立川志らくさんは、この法案に対し「とっても危険な感じはする」と前置きしながら、ツイートをする芸能人たちに対し「みんなちゃんと法案を読んで、どういうことなのかをちゃんと理解して乗っかっていかないと、取り返しのつかないことになる」と釘を刺した(TBS『ひるおび』2020年5月11日)。この「取り返しのつかないこと」がなにを意味するかはわからないが、個々の政治発言が仕事の機会を奪うリスクであると示唆しているのかもしれない。
一方で、カンニング竹山さんは、きゃりーぱみゅぱみゅさんのツイートについて「芸能の世界だけではないんですけど、若い子たちが政治に興味を持つことが一番大事。間違っていたら、学び直していけばいい」と述べた(ABEMA『AbemaPrime』2020年5月11日)。それは、「取り返しのつかないことになる」とする立場とは正反対の、とても寛容な姿勢だ。
なんにせよ、政治的な発言には常に賛否が巻き起こる。たとえそれは芸能人でなくても。今回、検察庁法の改正を支持するひとのなかには、自分の好きな芸能人が反対表明をしたことにショックを受けているひともいるかもしれない。
しかし、それは当然のことでもある。世の中は同じ思想のひとばかりではないからだ。逆に、自分と相容れない点を見つけ、その一点だけで他者(芸能人)を否定することはとても危険だ。加えて、もしそうしたことを続けていけば、そのうち好きな芸能人がいなくなるどころか、世の中から好きなひとがいなくなる。自分の好みに100%合うひとなどいないからだ。不寛容な「一発レッド」の姿勢は、最後には自分自身を孤独の隘路に導く。
むしろ求められるのは、自分と異なる意見に興味を示すことだろう。そこには新たな思考の可能性が眠っていて、みずからの歩を進めてくれるかもしれない。実際、多くのひとびとは日常的に異論と向き合い、コミュニケーションを進めている。芸能人たちもおそらくそれを期待して、意見を発信しているはずだ。
よって、芸能人の「#検察庁法改正案に抗議します」ツイートを100%肯定する必要もなければ、100%否定する必要もない。支持/不支持の二元論だけでなく、判断を留保することがあってもいい。そこで期待されているのは、芸能人の意見表明を受けて自分で調べ、自分で考えることだ。政治とは、党派性によって敵/味方を分けるものではなく、思考してより良い社会を作ることが目的だからだ。
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