緊急事態宣言の解除に伴い、新型コロナウイルスの感染拡大を外出の自粛や休業要請という“お願いベース”で封じた日本の対応を「ミステリー」とみなし、成功の秘訣(ひけつ)を解き明かそうとする海外メディアの報道が相次いだ。唯一の決定打はないとして、ハグやキスの代わりにお辞儀であいさつする非接触型の行動様式から感染経路を追跡した保健所の活動まで多岐にわたる要因を列挙。成功したにも関わらず政府に対する国民の評価が低いという謎を追いかけた記事もあった。(外信部 平田雄介)
■「10万人あたり」G7諸国で最小
第1波を封じ込めた日本の成功を「puzzling mystery」(不可解な謎)と5月23日に報じたのはオーストラリアのABCテレビ。公共交通機関は混雑し、高齢化率は世界一という脆弱(ぜいじゃく)性の中、罰則のない緊急事態宣言を出した日本の対応は当初、「破滅への処方箋」に見えたが、今では「成功の物語」になった-と専門家の声を交えながら伝えた。
海外メディアが日本の対応を成功とみなす根拠は死者の少なさだ。米ジョンズ・ホプキンズ大の国別比較によると、同24日時点で日本の人口10万人当たりの死者は0・65人。先進7カ国(G7)を構成する米国の29・87人、英国の55・46人、イタリアの54・25人、フランスの42・35人、ドイツの9・99人、カナダの17・63人を大幅に下回る。世界的な成功例と称賛されてきた台湾の0・03人、ニュージーランドの0・43人、韓国の0・52人に迫る数値だ。
ABCの取材に、ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑京都大名誉教授は「法的に比較的緩やかなシステムで、死者と感染者がこんなに少ないのは、多くの医学者にとっても謎」とコメント。ABCは、「世界に類をみない国民皆保険制度」の存在を挙げる厚生労働省の職員や、医療崩壊を防ぐため感染の有無を調べるPCR検査の徹底を「戦略的に回避した」という専門家の声を伝え、成功の秘密に迫った。
■保健所が機能
米ブルームバーグ通信は23日付の記事で、日本には、衛星利用測位システム(GPS)などを使い、感染者の行動履歴を追跡するスマートフォン向けアプリや、米国で感染症対策の陣頭指揮を執る疾病対策センター(CDC)がないと指摘。代わりに、普段はインフルエンザや結核の感染経路を追う全国各地の保健所が、電話での聞き取りなど「とてもアナログ」な手法で新型コロナを追跡し「地域版CDC」とも呼べる働きをしたという見方を伝えた。また、集団感染が起きた英船籍のクルーズ船受け入れを通じ、感染症対策の専門家が貴重な経験を積むと同時に、国民の注意喚起が促されたと指摘した。
米紙ワシントン・ポスト(電子版、25日付)は志村けんさんや岡江久美子さんら芸能人の訃報が「人々にウイルスの危険性を気づかせた」と記した。
英紙ガーディアン(電子版、22日付)は、インフルエンザが流行する冬場や春先の花粉症でマスクを着用し、家を入るときには靴をぬぐ-といった衛生的な生活習慣に言及。また、休業を決めた博物館や劇場、テーマパークのほか、無観客で春場所を実施した大相撲や開幕を延期したプロ野球を例に挙げ、日本の民間部門は「大規模集会の危険性に早い段階から気づいていた」と指摘した。
■成功したのに低い評価
英誌エコノミスト(電子版、23日付)は、封じ込め成功にも関わらず日本政府に対する国民の評価が低い現象に注目した。政府の新型コロナ対応を評価しないと回答した人が半数を超えたNHKの5月の世論調査を取り上げ、評価を下げた要因として一人10万円の定額給付金が決まるまでの混乱、一部汚れていたと指摘のあった布マスク2枚の配布などを例示。「(新型コロナへの対応で)市民と民間部門は政府のはるかに先を行っている」という政治学者の言葉を引用し、批判的なトーンで伝えた。
日本の対応で、市民と民間部門が主役となり、政府の役割が後景に退いたように見えるのは、私権の制限に慎重な憲法を尊重し、外出禁止や休業を命令しない緊急事態宣言となるように特別措置法が整備されたためだ。実際には、法に基づく外出の自粛や休業の要請によって、クラスター(集団感染)の発生源となった場合の訴訟リスクを抱えることになった企業の活動は停滞し、人の移動も減ったとみられるが、そうした政策的効果に記事は言及していない。