[ニューヨーク 19日 ロイター BREAKINGVIEWS] – 米国で奴隷制度が正式に廃止された1865年当時、全米の総資産で黒人が保有する比率は0.5%だった。国勢調査に基づくと現在は全人口の約13%を黒人が占めているが、保有する資産の比率は依然として3%にも満たない。これは歴史が生み出した偶然ではない。政府の政策と組織的な偏見がもたらした結果だ。そして人種差別による「失われた資産」とその利子は今も膨れ上がり続けている。
奴隷制によって虐げられた人々が失った収入は驚くべき金額だ。米国では人種差別に起因する収奪的な慣行は、建国当初から現在までの250年近くにわたって続いてきた。コネティカット大学のトーマス・クラマー教授の試算では、米国独立後のわずか89年間の未払い賃金さえ、現在価値に直せば、金利を3%と想定した場合で20兆ドル(約2140兆円)近くになる。金利6%なら補償額は7000兆ドル(約74.9京円)という天文学的数字に迫る。これは世界全体の国内総生産(GDP)のおよそ50倍に相当する。
さらに土地所有の問題が出てくる。1865年の最後の奴隷解放に際して黒人世帯に「40エーカー(の土地)とラバ1頭」の補償が約束されたことは有名だ。しかし、デューク大学のウィリアム・ダリティ教授らがまとめたルーズベルト研究所の報告書によると、本来は少なくとも4000万エーカーが配給されるのが適切だった。そうした土地の価値が6%の複利で増加してきたとすれば現在3兆ドル(約321兆円)を超え、アマゾンとアップルの合計時価総額よりも大きくなる。
とはいえ、失われた土地と賃金についての指摘は、黒人から白人への富の移転を考えるうえでは、まだ手始めにすぎない。この問題には、さまざまな人種隔離法制や大量の収監、雇用差別、政府の公的プログラムからの排除によっても行われてきたという事実も含まれるからだ。
また1934年に立ち上げられた連邦住宅局(FHA)は何十年もの間、大半のマイノリティー社会向けの住宅ローンを保証してこなかった。さらに、「レッドライニング」と呼ばれる、民間金融機関による差別的な融資慣行を通じて、多くのマイノリティーは米国における資産形成の主要手段の1つである住宅購入ができない状態に置かれている。
問題の歴史は長く、複雑だ。であれば、そもそのの始まりの執着するよりも、今の現実に目を向け、是正を図る方が望ましい。連邦準備理事会(FRB)のデータからは、黒人世帯の平均純資産が白人世帯よりも80万ドル前後も低いことが分かる。これを国勢調査の人口統計に当てはめると、資産格差は13兆ドル強に達する。
格差を埋めるには、白人層に資産の12%を提供してもらうことになる。何世紀にもわたる暴力と偏見が及ぼした影響は、お金で償えるものではない。それでも経済的な公正さなくして、大きな過ちを正す他の取り組みが成功する公算は小さい。
●背景となるニュース
*黒人奴隷解放を記念した19日の「ジューンティーンスの日」は、大半の州で祝日に認定され、祝日慣行を尊重する企業も増えている。
*1865年6月19日、南北戦争に勝利し、テキサス州に到着した北軍部隊の司令官が当地の奴隷を解放、これで米国の全ての奴隷が解放されたと州民に布告したことが記念日の由来だ
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)