ブラックホール同士の合体が初めて観測されてから5年。宇宙のはるか遠くで生じる時空のゆらぎ「重力波」は今や、毎週のように観測されるようになった。姿を現し始めた宇宙の新しい謎に、日本の重力波望遠鏡が挑もうとしている。
東京にあるTAMA300 新しい技術を開発
東京都調布市の味の素スタジアムでSMAPのコンサートやサッカーの試合がある日、1・5キロ先の三鷹市の国立天文台では重力波望遠鏡TAMA300が観客の振動でよく止まった。
宇宙のかなたで生じるさざ波を観測しようという重力波望遠鏡は極めて繊細な感度を持つ。
TAMA300は、多摩地域に設置された一辺が300メートルという意味の小さな重力波望遠鏡だが、今年4月、世界の重力波望遠鏡の感度を2倍にできる技術の開発に成功した。
TAMA300は、1980年代に試作されたTENKO―10に続いて90年代に建設が始まり、2000年には世界最高の感度を達成した。しかし、後継機の開発が本格化した10年ほど前に観測を終了。いまは感度を上げる技術を開発するために使われていた。
国立天文台重力波プロジェクト推進室を中心とした研究チームは、重力波望遠鏡の感度を上げようとわずかな差を見いだそうとすればするほど、どうしてもゼロにできなくなる誤差について、重力波を観測する周波数で効率的に減らせる特殊な機器を開発した。
重力波望遠鏡の感度が2倍になれば、2倍遠くの銀河で生じた重力波も見つけられるようになる。観測できる立体的な範囲は8倍に、見つかる重力波の数も8倍になるとみられ、現在、1週間に1度ほどの頻度が毎日になる計算だ。
新技術はまだ連続で1時間ほどしか効果を保てていないが、推進室の麻生洋一准教授は「連続した観測でも使えるよう、機器を調整したり、位置を精密に制御したりして安定したシステムにしていきたい」と話す。
重力波って何?
重力波は、ブラックホールのような重い天体同士が合体して周りの時空がゆらぎ、さざ波のように広がっていく現象だ。アインシュタインが1916年に発表した一般相対性理論から予言され、2015年に米国の重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)が初めて観測した。17年にはノーベル物理学賞にも選ばれた。
重力波望遠鏡は、光を観測する一般的な望遠鏡とは異なり、時空のゆらぎという宇宙の音を聞く。L字形に配置した2本のパイプにレーザーを通し、端にある鏡で反射させる。重力波が来ると、L字の縦と横で時空のゆらぎ方が変わるため、レーザーの到着時刻にずれが生じ、ゆらぎが来たと分かる仕組みだ。ここから続き
ただ、そのゆらぎは太陽と地球の距離で水素原子1個分ほどと極めて小さい。タイミングのずれもわずかで、ちょっとした振動や温度の変化が観測の妨げになる。重力波望遠鏡の感度を上げるには、大敵の雑音をどれだけ減らせるかが鍵になる。
重力波が初めて観測された15年当時、重力波は1年に10回観測できるかどうかだった。その後、LIGOと欧州のVirgo(バーゴ)は地面の振動を相殺したり、熱によるゆらぎや光の粒のばらつきを抑えたりして感度を向上させ、現在では週に1回ほどの頻度で重力波を見つけられるようになった。どれだけ遠くで発生した重力波でも観測できるかという距離は、LIGOは3億光年、Virgoは2億光年まで伸びた。
その結果、宇宙ではブラックホールの合体が頻繁に起きていることがわかってきた。17年には、ブラックホールでなく、二つの中性子星が合体して生じた重力波も観測。重力波観測は、かつての望遠鏡が観測してきた光や電波などと同じように宇宙の成り立ちを調べる手段として確立し、重力波天文学はまさに花開こうとしている。
日本のKAGRA 目標は6億光年先まで
そんな重力波観測の新しい耳として今年2月にデビューしたのが、岐阜県飛驒市に完成したKAGRAだ。地上にあるLIGOやVirgoと違って神岡鉱山の地下200メートルにあり、地面の振動や気温の変化がほとんどない。さらに、鏡をマイナス253度で冷やすことで、熱による雑音を減らしている。
これほどの低温でレーザーを反射させる鏡はふつうの材料ではつくれず、人工サファイアが使われた。製作費は予備も合わせて四つで2億円。施設長で東京大宇宙線研究所の大橋正健教授は「観測を始めて4カ月だが、着々と感度は上がっている」と話す。
とはいえ、KAGRAが観測できるのはまだ最高で300万光年先まで。この範囲には私たちの天の川銀河と隣のアンドロメダ大星雲くらいしかなく、重力波が生じるのは5万年に1回ほどに限られる。2億~3億光年というLIGOやVirgoにはまだ追いつけていない。
サファイアの鏡の層にムラがあったり、配線に接触不良があったりしたといい、現在、要因を一つずつ突き止める作業が続いている。それでも、地下で低温にする手法がうまくいけば、雑音は極めて少なくできる見込み。将来的にはTAMA300の新技術も適用し、6億光年先まで観測できるのが目標だ。
来年末からは、LIGOやVirgoの共同観測に加わる計画だ。まだ2例しか観測されていない中性子星の合体やその合体でどんな元素ができるのか、一般相対性理論の検証、未解明の宇宙の謎を探る手がかりがつかめるかも知れない。宇宙線研の梶田隆章所長は「重力波は、発見する時代から、重力波を使ってサイエンスする時代に進んでいる」と話す。(小川詩織)
一辺500万キロ 宇宙から観測も
宇宙でなら、振動からも解放される巨大な重力波望遠鏡をつくれるのではないか。欧州宇宙機関(ESA)は、2034年にも3基の衛星を打ち上げる「LISA(リサ)計画」を検討している。レーザーを往復させる一辺の長さは500万キロに及び、宇宙初期に生じた重力波を観測できると期待される。日本も同じような「DECIGO(デサイゴ)計画」を検討中だ。
鏡の材料、人工サファイアは需要増
KAGRAの鏡に使われている人工サファイアは、石英より熱伝導がいいため冷やしやすく、硬くて割れにくい。高価だが、高熱にもよく耐えるため、これまでは戦車の防弾ガラスなど軍事用途に使われることが多かった。近年は、ロレックスやオメガといった高級時計のほか、スマートフォンのディスプレーやカメラ部分のカバーガラスにも採用されるなど需要が増えている。