[香港 20日 ロイター] – 中国が1990年代半ばに軍事力拡大に乗り出した時点で、最優先目標に掲げていたのは、本土沿岸に接近する米軍を徹底的にたたく戦力を整えることだった。だが今や、人民解放軍は世界各地で米国の力に挑戦するための準備を進めつつある。
中国は既に、米海兵隊のように敵前上陸を敢行して先制攻撃を行う部隊の拡充に乗り出し、この「中国版海兵隊」を生かすための初の強襲揚陸艦075型を2隻進水させている。中国版海兵隊はやはり米海兵隊同様に、本土から離れた地域で単独作戦を遂行したり、中国の軍事力を諸国に誇示したりする役割を担うことができる。
排水量4万トンの075型は小型空母のようなもので、最大900人の部隊を収容し、重装備品や上陸用の舟艇を搭載するスペースを備えると、衛星映像や写真を分析した西側専門家は分析する。今のところヘリコプター30機を搭載するが、将来的に中国が米軍のF35Bに似た垂直離着陸機を製造できれば、戦闘機を搭載する可能性もある。
中国軍事当局の公式報道によると、最終的に海軍は075型を7隻ないしそれ以上配備する可能性がある。
<「海兵隊」兵力3年で3倍か>
安全保障面で米中の対立は先鋭化の一途をたどっている。前週にはポンペオ米国務長官が「中国による南シナ海ほぼ全域の海洋資源権益の主張は完全に違法だ」と非難する声明を公表。南シナ海で中国に領海や海洋権益を侵害されていると主張する東南アジア諸国を米国が支援する考えを打ち出した。これに対して中国は、米国の姿勢が地域の緊張を高め、安定を損ねていると猛反発している。
中国版海兵隊は本格的に組織化されてからまだ日が浅く、米国の域に達するには程遠い。ただ中国の全般的な軍拡は非常に急速で、既にアジアのパワーバランスを変化させている。それまで20年間は海軍の大規模な水上・潜水艦隊やミサイルの整備を通じて沿岸防御力を拡充させてきたが、習近平国家主席が就任した2012年以来の軍近代化を通じ、遠隔地への政治的な影響力を高める目的で、強襲揚陸艦や上陸専門部隊の導入に動いている、というのが中国と西側の軍事専門家の見方だ。
米軍と日本の自衛隊の見積もりでは、中国版海兵隊は人民軍の海軍の指揮下で拡張されており、現在2万5000-3万人の兵力を有し、17年時点の1万人から急増している。
日本戦略研究フォーラムのグラント・ニューシャム上席研究員(元米海兵隊大佐)は「上陸部隊なくしては、どんな軍隊も作戦可能な地域や方法が非常に限定されてしまう」と説明する。18年に自衛隊が水陸機動団を発足させた際に助言を与えたニューシャム氏は「航空機は爆弾を投下できるし、艦艇は沿岸からミサイルを撃てる。しかし敵地を占領するには歩兵部隊が上陸して敵軍をせん滅する必要が出てくるのではないか」と述べた。
もちろん中国版海兵隊は、中国共産党が国民に対し、解放軍がいかに強大化しているかをアピールする上でも重要な存在になった。その一環として国営メディアは定期的に、南部の海南島に拠点を置く特殊部隊「蛟龍」の訓練風景や兵員の能力などを伝えている。昨年国営テレビの取材に応じた訓練中の同部隊の司令官は「われわれは敵の心臓部に恐怖を与えるための陸海共同作戦において剣の先端になる必要がある」と話した。
075型が就役すれば、他の同様の新艦隊と共同運用させることで本土から遠い地域で独立任務を行い、中国の海外投資や海外居住者を保護したり、軍事力を見せつけて潜在敵国を抑止したりすることが可能になる。今は米国が特権的に行使し、米国のソフトパワーを形成している活動、つまり世界各地の災害救助や人道支援でも中国が対抗できる。
<世界中の権益保護>
専門家によると、中国政府にとって上陸部隊増強は、台湾への上陸、あるいは同国が戦略的に重視する地域や係争地域を占拠する上での力にもなる。習氏は、かつての強大な国家を復活させるという人民の悲願を実現するためには、台湾統一が重要な一歩になるとの考えを隠そうとしていない。昨年初めの台湾向けの演説でも、台湾への軍事力行使を否定せず、統一のため「あらゆる必要な選択肢を留保する」と主張した。
ただ専門家の話では、解放軍は既に陸軍内に台湾侵攻に不可欠な上陸作戦の訓練を受け、装備を持った強力な部隊が存在する。だから新たな上陸部隊はむしろ、中国が保有する幅広い海外資産に関係する世界各地で、作戦を展開することが視野に入っているのだという。
実際、中国が巨大経済圏構想「一帯一路」を提唱していることで、こうした海外権益は今後増大する公算が大きい。
中国と西側の軍事評論家に基づくと、中国版海兵隊は、南シナ海で領有権を争っている島しょに築いた拠点を含め、習氏が世界各地に戦略的な軍事基地ネットワークを確立しようとしているという面でも、大事な意味を持ってくる。
米国防総省のリポートは、こうした路線に沿う形で中国版海兵隊が、アフリカの角と呼ばれるジブチに設置した中国初の海外基地に装甲車両とともに派遣されたことを示す。アデン湾での海賊取り締まりに中国が送り込んだ小艦隊にも、海兵隊が加わっていたという。
米シンクタンクのプロジェクト2049研究所のシニアディレクター、イアン・イーストン氏は「今後10年で、中国は世界全土に海兵隊の拠点を置くのはほぼ間違いない。中国共産党の野望とその権益は世界的に広がっている。世界的な戦略上の権益の面で必要とされる場所ならどこにでも、部隊を送り込むつもりだ」と指摘した。
戦闘行為とは別に、海兵隊を強力な外交上の、あるいは威圧的な手段として駆使するというやり方はこれまで、米国の独擅場だった。米国は定期的に専門部隊を他国に寄港させたり、合同演習や災害救助などに派遣。海兵隊を収容する小艦隊と重装備、航空支援という組み合わせは、米国の力を各国に思い起こさせる役割を果たしている。こうしたやり方を中国もまねるようになる、と専門家は予想する。
<実力差>
米国防情報局はリポートで、中国版海兵隊が現在7つの旅団に分かれ、機甲部隊や歩兵部隊、ミサイル部隊、砲兵部隊などで構成されており、南シナ海で領有権問題を抱える国々の中でも最も強力だと解説。係争地の1つ、南沙(スプラトリー)諸島で同時に複数の島を制圧できるし、別の係争地の西沙(パラセル)諸島の拠点を急速に強化できるとの見方を示した。中国版海兵隊は、尖閣諸島(中国名:釣魚島)など他の係争地を占拠する場合にも有効だとみられている。
とはいえ、米国防総省や他の西側軍事専門家に言わせれば、18万6000人の兵力を抱え、水陸両用作戦や上陸作戦の豊富な経験を持つ米海兵隊と比べれば、実力的にはなお到底及ばない。米国防総省は昨年のリポートで、中国版海兵隊はまだ人的な面と装備の面で、完全な作戦能力はないと分析し、十分な装甲車両とヘリコプターが欠けているだけでなく、複雑な作戦を遂行する訓練が足りないとしている。