アメリカ大統領選挙も投票日まで余すところあと1週間あまり。現時点でも民主党のバイデン候補の優勢は揺るがないようにみえる。それでもトランプ大統領に起死回生の秘策があるのではないか、世界中の人々が固唾を飲んで11月3日の開票日を迎えようとしている。先週、22日の夜(日本時間23日午前)のテレビ討論をNHKの同時中継でみた。もう遠い過去の出来事のような気がする。90分を超えた両候補の討論は意外に冷静な展開だった。トランプ氏が前回のような強引な割り込みや、バイデン氏に対する恫喝じみた言動を控えたことが討論会の正常化に寄与した。最初からこういう展開に持ち込んだほうが、トランプ氏としては有利だったのではないか、そんな気さえした。それにしても、変幻自在に与えられた役回りを演じることができるトランプ氏、大統領というよりもアクターとしては天賦の才能に恵まれているという印象を受けた。

討論の中身は有り体にいって乏しかった。未来を予見するような斬新な発言や、次の大統領として期待を抱かせるようなパフォーマンスはほとんどなかった。バイデン氏はトランプ氏の最大の弱点であるコロナ無策を徹底的に追及した。登場した時からマスク着用のバイデン氏にトランプ氏は無着用、スタンスの違いは鮮明に分かれた。一見なんということもないマスクだが、このマスクが自由か規制か、米有権者の価値観を分断する象徴でもある。コロナ対策としてマスク着用を義務付けると主張するバイデン氏にトランプ氏は、ウィズ・コロナで経済を活性化すると訴える。米国が直面する“分断”を象徴するような一幕だ。日本はマスク着用でここまで議論が対立することはない。国民意識はアメリカより遥かに“ワンチーム”だ。ディベートとしてはコロナ失政をつくバイデン氏の方が有利だ。同候補の優勢は揺るがない。だが、そのバイデン氏もマスクを振りかざす以外にこれといった対策がないのが気になる。

アクター・トランプはここまでやるのかというくらいに秩序を守った。俳優としては一流というか天才的だ。トランプ氏のバイデン攻撃で目立ったのは、オバマ前大統領と長年の議会経歴に重ねながら、「これまで何もしてこなかった。どうして大統領になったらできるというのか」と責め立てたことだ。例えば対北朝鮮政策。オバマ政権は「戦略的忍耐」と称して北朝鮮に対しては何もしなかった。その結果北朝鮮は核戦力を強化した。バイデン氏は議員歴47年、副大統領8年の実績を誇る。この間、すべからく「戦略的忍耐」だったとトランプ氏は責める。トランプ政権を誕生させたのはオバマ政権である。移民、難民保護というきれいごとの裏でラストベルトの白人労働者が打ち捨てられた。その間隙をトランプ氏は突いた。そして今度は「好き勝手なトランプの4年」が「戦略的忍耐」のバイデン氏にチャンスを与えようとしている。かくしてただ繰り返す堂々巡り。保守とリベラルの分断が深刻化する中で、循環する轍を両陣営とも抜け出せない。衰退するアメリカの本当の危機はこの辺にありそうな気がするのだが・・・。