新型コロナウイルスの影響でテレワークの導入が進む中、働き盛りの世代にも都市部から地方へ移住する動きが広がっている。かつては仕事や子育てに一段落した中高年の「第二の人生」との印象が強かったが、移住に踏み切った若い世代からは「価値観が変わった」「利点しかない」といった前向きな声が聞かれる。(加藤哲大、小林岳人)

都内から富士山麓へ

■子供と遊ぶ時間

 「引っ越してから生活が一変した」。富士山麓に位置する山梨県富士吉田市。東京都江東区から8月に移住した会社員の関口裕介さん(34)は、居間で長男(2)を膝に乗せ、満足そうに話した。

 総務省の住民基本台帳人口移動報告によると、東京都は7月から4か月連続で転出が転入を上回る「転出超過」になった。テレワークの普及が背景にあるとみられ、関口さんも、職場で週に1度も出社しない「完全在宅勤務」が可能になったのを機に転出した。

 看板の施工や管理を手掛ける江東区の会社では、営業を担当。以前は帰宅が夜遅く、土日の出勤も珍しくなかった。仕事は充実していたが、「もっと良い環境で子育てしたい」との思いを募らせていた。

 移住後、仕事で上京するのは取引先との打ち合わせなどで月に3~4回だ。時間に余裕ができ、テレワークの合間に長男と近所の公園で遊ぶこともできる。妻の香菜子さん(32)は「前よりパパに甘えるようになったかも」と父子の触れ合いに目を細めた。

■安くて広い新居

 都内の外資系製薬会社に勤めていた高垣内たかがいと文也さん(34)=写真=は以前、「東京で働くステータス」を感じながら仕事最優先の日々を送っていた。自宅は家賃10万円を超える都心の1Kマンション。だが、2月中旬から在宅勤務になると、「オンラインならどこにいても何でもできる」と気付いた。

 コロナ禍で大きく変化する世の中の様子に、仕事への新たな挑戦意欲も湧いてきた。仲介サイトを通じて見つけた自動車メーカーに転職し、4月下旬、約200キロ離れた浜松市に移住。新居は2LDKだが、家賃はそれまでよりはるかに安い月7万円台だ。

 「コロナ禍を機に価値観が変わった。移住は幸せになるための一つの選択肢だと思う」。高垣内さんは穏やかにそう語った。

■釣った魚で料理

 川崎市高津区から東京都世田谷区の職場に通っていたシステムエンジニアの横山幸平さん(30)=写真=は、2月からテレワークに移行したのを機に移住先を探し、9月末、神奈川県西部の小田原市に転居した。新幹線で都心まで約30分の小田原市は移住先として人気で、4~10月に同市に寄せられた移住相談は前年同期の約3倍となる124件。地元の不動産業、藤井香大さん(50)は「8月頃から賃貸や売買の契約が増えた。良い物件はすぐに契約が入る」と話す。

 横山さんは午後6時頃に仕事を終えると、自転車で5分の海へ釣りに出かけ、釣り上げた魚と地元の野菜で料理を楽しむ。「移住して正解。メリットしか感じていない」と話し、移住を検討している人に向け、「自分がその土地に住んでいる姿をイメージすることが大事だと思う」と語った。

事前に地域とつながりを

 内閣府が5~6月に東京、大阪、名古屋都市圏の5554人を対象に行った調査では、「コロナ禍で地方移住への関心が高くなった」と答えた人は、20歳代が最高の22%、30歳代も20%に上り、働き盛り世代の関心の高さがうかがえる。

 移住相談サービスを展開する「FromToフロムトゥ」(東京)最高経営責任者(CEO)の宮城浩さん(34)は、「コロナ禍で働き方や暮らしが大きく変わり、のびのびとした子育てや地域との関わりを重視する20~30歳代に地方移住の動きが目立つ」と分析する。ただ、中には移住した地域になじめず、元の土地に戻る人もいるという。仕事などによる外部との接点ができにくい主婦や高齢者などは注意が必要で、宮城さんは「事前にその土地の人とのつながりを持つなど、準備が大切だ」と話した。