[メルボルン 20日 ロイター BREAKINGVIEWS] – 少なく見積もって400億ドル相当の契約を失うのは、どんな場合でも痛い。しかも契約を奪ったのがほかならぬ友人なら、そのいら立ちがいかほどかは想像に難くない。豪米英3カ国が新たな安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」に基づいてオーストラリアの原子力潜水艦導入を支援すると決め、オーストラリアがフランスとの潜水艦共同開発を破棄した結果、フランスが怒り心頭に発したのはこのためだ。その意味で今回の問題は、破棄された契約が高額とはいえ、詰まるところ当事者間の内輪もめにも見える。しかしながら、実際には影響が広い範囲に拡散する可能性がある。
Antony Currie
最初にとばっちりを受けるのは、欧州連合(EU)とオーストラリアの貿易協定だろう。フランスのマクロン政権は、EUが豪政府との貿易協定を進めるべきかどうか疑問視している。欧州議会の貿易委委員長は20日、EUとオーストラリアの合意が今では極めて複雑になってしまい、農業などの分野で譲歩する意欲はかなり小さいと述べた。
確かにオーストラリアは、もっとひどい状況にも対処してきた。モリソン首相が昨年、新型コロナウイルスの起源について独立した調査の実施を求めると、中国はワイン、綿花、石炭などのオーストラリア産の商品の輸入に制限を課した。しかしフランス、オーストラリア、米国といった同盟国の間で緊張が高まると、通商面で歩調を合わせて中国に対抗したり、国際課税制度などの問題で妥協したりするのが難しくなる。
豪米英3カ国とフランスの関係が悪化すると、欧州で米国の軍事力への依存に対する警戒感が高まる可能性もある。マクロン仏大統領は数年前に北大西洋条約機構(NATO)は「脳死状態だ」と発言している。バイデン米大統領が先月実施したアフガニスタンからの米軍撤退の進め方や今回の潜水艦を巡る問題で、こうした見方が再燃するかもしれない。そうなればEU加盟国の防衛予算が膨らみ、2009年以前のようにマクロン氏がフランスのNATOでの役割について再検討する事態にすらなりかねない。
欧米同盟国同士の内輪もめは、中国にとって有利に働くように見えるかもしれない。ただインド太平洋地域で台頭する中国は、AUKUSも不快に感じており、この点は少なくとも米中関係融和に向けた努力の妨げになり、追加関税の撤廃から気候変動に対する共同の取り組みまで、あらゆる分野に影響が及ぶ。それはまるで海中に放たれた大量の魚雷のように、1つ1つが危険な事態を引き起こしかねない。
●背景となるニュース
*オーストラリア政府が16日、フランスとの400億ドル規模の潜水艦共同開発計画を破棄し、米英の支援で原子力潜水艦導入を進めると決めたことで、フランスと豪米英3カ国の関係は悪化している。
*フランスは17日、駐米、駐豪両大使を召還。ロイターが19日に関係筋の話として報じたところによると、フランスは今週ロンドンで予定していた英国との国防相会談も取りやめた。
*オーストラリアのテハン貿易相は20日、この問題を巡ってフランスの貿易相に会談を求める考えを明らかにした。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)