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日本でのコロナウイルス「第5波」の減少は、ウイルスが自滅する「エラー・カタストロフの限界」ではないかという説を、前編の「ここにきて、日本のコロナ減少が「ワクチン効果ではない」と言える、驚きの根拠」でお伝えした。後編はさらに、専門家によるそれ以外の減少要因を解説する。

ウイルスは自然に消える

歴史的なパンデミックの事例を見てみても、増減を繰り返した後、突如、収束に向かっている。

たとえば、1918年から流行したスペイン風邪だ。当時の世界人口の3割以上が感染し、数千万人が死亡したとされている。世界中で原因の病原体を追究する研究が行われたものの、何も判明しないうちに、約4年で自然と収束した。当時、スペイン風邪のワクチンは開発されていない。

ここで日本の状況と照らし合わせてみよう。「第5波」をもたらしたのは、感染力の高い変異ウイルス「デルタ株」だ。この変異株が高い複製能力を獲得していたからこそ、ピーク時に一日2万5000人を超える感染者が出た。だが、複製が繰り返されれば、その分複製ミスも起きやすい。Photo by gettyimagesPhoto by gettyimages

「日本においては、コロナが複製を繰り返した結果、コロナ自身にとって致命的な変異も起こすようになったのだと考えています。8月半ばに『エラー・カタストロフの限界』を超えてしまったのではないでしょうか」(前出のサンドラ氏)

似たような現象は海外でも起きている。

現在、ケニアでは日本と同じように感染者数が激減している。3月30日には一日1500人も新規感染者が出たにもかかわらず、いまは一日100人を割っている。

国民のワクチン接種率が約3%であることを踏まえると、ワクチンの効果である可能性は極めて低い。ウイルスがエラー・カタストロフの限界を超えた結果、消滅しつつあると考えるほうが理にかなっているのだ。

未だにワクチン接種率が約22%のインドでも、5月上旬に一日40万人近い感染者を出していたが、いまは約1万5000人と大幅に減った。

インド政府の専門家会議メンバーで生物学者のアミット・ダット氏は、日本のメディアの取材に対し、「ウイルスの自壊がピークアウト(感染減少)の原因である可能性がありえる」との見解を示した。

つまり、新型コロナはワクチンによって抑え込まれたわけではなく、増殖に増殖を重ねてウイルスとしての生存の限界を迎え、自然消滅した可能性が高いというのだ。

「この現象は、実はコロナの治療法においても応用されつつあります。アメリカの製薬大手『メルク』が開発中の飲み薬『モルヌピラビル』は、エラー・カタストロフの限界を体内であえて引き起こすことによって、ウイルスの自壊を進行させる作用があるというものです」(サンドラ氏)Photo by iStockPhoto by iStock

COVID‐19ではない別のコロナウイルスが自然に消滅したと思われるケースも存在する。

1889年から世界的に大流行して、100万人以上が犠牲になった「ロシア風邪」だ。長い間インフルエンザだと思われていたロシア風邪は、最新の研究によって、コロナウイルスが原因であると結論づけられた。

当時、人類は何の対抗策も打てなかったが、4〜5年で流行は収まった。

コロナが消滅したと考え得る根拠となる説は、「エラー・カタストロフの限界」の他にもある。

たとえば、新型コロナの毒性が弱まって、感染力や発症率が劇的に下がったという説だ。

9月22日、英オックスフォード大学のサラ・ギルバート教授は、自身の講演で「新型コロナは弱毒化して、最終的には風邪の原因の一つになる」と指摘した。

「ウイルスは、他の生物の細胞の中に入らないと生きていけません。必ず何かに寄生する必要があるんです。あまりにも毒性が強く、宿主を殺してしまったらウイルス自身も死んでしまう。

つまり長期的に見れば、ウイルスは宿主と共存しようと弱毒化するのが一般的です。中には天然痘のように強い病原性を維持し続けているウイルスはありますが、『強毒化』し続けるウイルスはありません」(前出の森田公一氏)

罹る人はもう罹った

基本的に、強毒性のウイルスは自滅し、淘汰される。中国で蔓延した鳥インフルエンザやアフリカで猛威を振るったエボラウイルスは、毒性が強すぎるあまり、宿主を殺すとともに消えてしまったという説が濃厚だ。

諸外国と比べて死亡者数が低い日本において、コロナが宿主とともに消滅した可能性は低い。ウイルスが生き残るため、自然の摂理で感染力や発症率を弱めているのだとしたら、感染者が大幅に減ったのもうなずける。

これまでの説とは毛色が異なるが、「日本では一通りウイルスが蔓延し尽くした」という考え方もある。英エディンバラ大学で疫学を研究するマーク・ウールハウス教授が唱えている仮説だ。

10月5日、ウールハウス教授は英紙「i」に「『一定の人』の間でウイルスが感染し終えたのではないか。特にデルタ株は、急速に感染拡大する特性を持つが、感染の収束も早い」と、日本の感染者数減少についてコメントした。

似たような事例として、インドにおけるデルタ株の第1波でも、急激な拡大と収束が見られたとも指摘している。

ある感染者が、感染してから二次感染者にうつすまでの時間を医学用語で「世代時間」というが、デルタ株はこの世代時間が短い特性がある。その結果、集団内に急速に広まり、そして急速に波が引く形になるのだという。

つまり、感染リスクの高い行動を取る人たちがあらかた感染したことで免疫を獲得し、ウイルスの連鎖が起きにくくなったというわけだ。局所的に集団免疫が発生したと考えればわかりやすい。

他に、この夏から日本人が感染リスクの低い行動を取り始めたことでコロナが消滅したと考える専門家もいる。東京における「人流」の変化が感染拡大に歯止めをかけたのではないかと分析するのは、筑波大学大学院教授(社会シミュレーション学)の倉橋節也氏だ。

「繁華街における滞留人口(特定時点における人口の分布)が、感染率にどれくらい影響を及ぼしているかを分析して調べました。すると、午後7時台の東京の滞留人口が、7月中旬に比べて8月中旬は4割ほど減少していたことがわかったのです」

東京五輪の前後は、新型コロナによる深刻な医療逼迫や、治療が受けられずに苦しんで自宅で亡くなる例が次々と報じられた。こうした悲惨な事例が、国民の行動変容を促したというのだ。

さらに、「伊勢丹新宿店と阪神百貨店のクラスター報道の影響力は大きかった」と話すのは、関西福祉大学社会福祉学部教授の勝田吉彰氏だ。

「このニュースで感染リスクの高い場所が可視化されたことにより、日本人の意識が変わったと思います。誰もが地下で換気の悪いような場所は避けるようになりました。報道後、阪神百貨店に何度か足を運びましたが1ヵ月が経っても人の出入りは少ないままでした」

人数制限はもう必要ない

また、勝田氏は日本人の行動が変わった主な要因として「気候の影響も大きいのではないか」と続けて解説する。

「今年の8月は真夏にもかかわらず前線が長く停滞し、全国各地で雨が降り続けました。外出もしにくくなり、人流が減ったのではないでしょうか。

雨が降って気温が下がると、冷房をつける必要もなくなります。窓を開けて換気する人が増えたことも、感染者が減った一因だと考えます。そもそも、ウイルスが持続的に流行するには一定の人口規模が必要です」Photo by iStockPhoto by iStock

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、感染者数が急激に減っている理由について「複合的だ」と説明している。

尾身氏と同じ姿勢を貫いている医師や専門家は数多くいるが、医師で医療ジャーナリストの森田豊氏は、数ある要因の中でも「日本に根づいたマスク文化が功を奏したのではないか」と推測している。

「イギリスやアメリカといった諸外国では、ロックダウンやマスク着用義務化が解除された途端にみんなマスクを外してしまいます。日常的にマスクをつける習慣がないからです。

ところが、日本では感染が落ち着いた現在でも、マスクをしない人を見つけるのは難しい。日本で感染者が激減しているのは、このマスク文化が大きく寄与していると思っています」Photo by gettyimagesPhoto by gettyimages

イギリス政府の調査によると、外出時のマスク着用率は下がり続けている。着用義務が求められていた今年7月は95%だったものの、義務化が撤廃された現在は82%と大幅に下がっている。

一方、一度も義務づけられていない日本では8月時点でマスク着用率は約93%だ。

日本でコロナが消滅したと考えられる根拠は、これだけある。もはや、「第6波」に脅える必要はないのかもしれない。では、私たちはコロナ前の日常生活に戻ることはできるのだろうか。

前出の森田豊氏は、こう語る。

「もう飲み会を開くにしても、人数を制限する必要はないと思います。東京の場合、一日の感染者数は人口の約100万分の1というレベルに低下しました。ワクチン接種証明や陰性証明書などを利用すれば、さらに感染リスクは下がります」

長いコロナ禍を耐え忍んできた日本人が報われる日が、もうすぐやってくる。

『週刊現代』2021年11月6日号より