田巻一彦
[東京 1日 ロイター] – 日銀が長期金利の上昇ストップに全力を挙げている。そこに黒田東彦日銀総裁の強い意思が働いていることは間違いない。時期尚早の金融緩和修正は日本経済にとって「害悪」であるという黒田総裁の信念が、日銀の対応からうかがえる。ただ、現在の内外経済情勢の下では、金利の抑制維持が円安に結びつく。 4月1日、 日銀が長期金利の上昇ストップに全力を挙げている。
物価高を抑え込もうとしている岸田文雄政権にとって、円安の加速は頭の痛い問題だろう。4月以降の消費者物価指数(除く生鮮、コアCPI)が2%台に乗せてジワジワと上がり出し、内閣支持率が低下し始めたら、岸田政権と黒田日銀のベクトルの違いが鮮明になる可能性がある。これからの焦点は円安とCPI、支持率の動向になる。
<金利抑制は可能、黒田総裁の信念>
日銀による最近の長期金利抑え込み策は「モーレツ」と表現していいほどの激しさだ。3月28日に2回の指し値オペを実施するとともに、29─31日の連続指値オペを通告。30日には臨時オペまで実施し、超長期ゾーンの金利抑え込みまで実行し、市場に不退転の決意を示した。4月1日の市場で長期金利は一時、2.00%まで低下した。
黒田総裁には、日本経済を長期低迷に追い込んだのは日本経済のデフレ現象であり、景気が良くなり出した途端に金融緩和から引き締め方向へと動き出した日銀の対応は「時期尚早」と映っていたのではないだろうか。
足元でCPIが2%台に乗せたとしても、原油価格やその他の国際商品価格の上昇によるコストプッシュ型の物価上昇であり、需要超過によって日本経済の体温が上がった結果としての物価上昇でない以上、ここで金融緩和を微調整するのは、またまた、時期尚早の引き締めを行った轍を踏むことになるとの強い思いがあるように見える。
<円安はプラス>
苛烈とさえ映る3月末のオペ総動員の背景には、黒田総裁の信念が存在していると言える。2022年度に入っても長期金利が0.25%に接近すれば、指し値オペを何回でも実行し、徹底して抑え込みを図るだろう。かつて財務官として円高を阻止するためのドル買い・円売り介入を実行してきた黒田総裁にとって「当局の力」の強さは、市場統御の根本であるとの強い認識があるとみられる。
また、金利抑制の副作用と市場の一部で懸念されている円安の進展に関しても、3月18日の会見で「円安が経済にプラスとの構造に変わりない」「現状、円安が経済にマイナスというのは間違い」と述べ、円安効果を高く評価している。黒田総裁にとって、金利抑制と円安の弊害を比較衡量すること自体が間違いであり、円安の進展に心を痛めているということではないと思われる。
<政府の円安懸念>
一方、ロシアによるウクライナ侵攻で拍車が掛かる原油価格・物価高への総合緊急対策を策定するよう3月29日に指示を出した岸田首相にとって、円安の進展は黒田総裁の見方とは別の「絵柄」として見えているのではないかと想像する。
今年に入って目立ってきた食料品の値上げは、4月以降に加速する動きを見せている。原油価格や液化天然ガス(LNG)価格の急騰を受け、電気料金も一段と値上げされることが予想され、広範囲の国民が物価上昇を実感し始めている。
今年の春闘で大手製造業は2%台の賃上げを獲得しそうだが、新型コロナウイルス感染拡大の打撃から立ち直っていない非製造業、とりわけ中小・零細企業は賃上げできないところももかなりの割合になりそうな状況だ。
そこに前年比2%を超える物価上昇が現実になると「生活が苦しくなる」との声が広がってくるのは当然の流れと言えるのではないか。
また、農林漁業などの1次産業従事者からは、原油価格の大幅な上昇で赤字経営に直面しているとの声も聞かれる。そこで岸田首相は先の「指示」を出したわけだが、円安が進むと円換算のガソリンや重油、軽油などの上昇幅が大きくなり、悲鳴を上げている人たちの苦痛が大きくなるだけでなく、これから取りまとめる対策に投入する金額が膨張することになる。
<大企業からも懸念の声>
大手企業にも125円を超える円安は、輸入原材料の購入の増大や工場稼働に使用する電気料金の大幅上昇に直結し、円安がプラスと言われてきた輸出企業にとっても話はそう単純ではなくなってきている。経済同友会の桜田謙悟代表幹事は3月29日の会見で「為替は現在の水準が適切だとはとても思えない」と述べている。
足元はバイデン米大統領による戦略石油備蓄の放出計画の表明で原油価格が下落し、日本企業の3月期末前のリパトリエーション(資金の本国還流)などもあって円安が一服した。
しかし、原油価格の上昇は、ロシアのウクライナ侵攻とその後の西側諸国による対ロシア制裁によって需給関係に大きな変化が生じたことが大きく影響しており、石油備蓄の放出だけでは基調的な値下がりに転じないだろう。
また、5月以降の米連邦準備理事会(FRB)による利上げは、50ベーシスポイント(bp)引き上げる会合もありそうな公算で、再び、円安が進行する可能性は決して小さくない。
<125.86円突破と参院選>
黒田総裁の就任後、125.86円がドル高・円安のピークとなっているが、そう遠くない時期に突破されるのではないかと筆者は予想する。
その結果、CPIの上昇幅が大きくなり、2%台での推移が長期化する展開もありえる。この現象が現実化した際に、岸田政権が「黙認」するとは思えない。7月とみられている参院選の投開票日を前に、物価上昇の加速は集票に影響しかねないからだ。
確かに野党第1党の立憲民主党の候補者擁立は遅れ、勝敗を決しかねない一人区での野党統一候補の選定は、国民民主党が与党よりの姿勢を取っているため、暗礁に乗り上げそうになっている。「負けるはずがない」との声が与党内にあるようだが、政権選択ではない参院選は、政権の失策が議席減に直結する。特に比例代表で票を減らすと、想定外の自民敗戦ということもないとは言えなくなる。
<支持率の魔力>
岸田首相と官邸スタッフは、これから出てくる世論調査で支持率が低下し始めた場合、その原因追及に全力を挙げるだろう。物価上昇が政権への最大の不満ということになれば「円安を止めろ」という声が、政府・与党内で台頭することも予想される。
黒田総裁にとって、このケースは厄介だ。ロジカルに説明しても「政治家の心に響かない」という事態は、政府・日銀の間に溝が生じかねない。
ロシアとウクライナの急転直下の停戦合意や、イラン核合意への米国の復帰によるイラン産原油の世界市場への流入などがあれば、原油価格が急低下し、円安から円高に急転換するかもしれない。こうなれば、政府にとっても日銀にとってもハッピーな展開が待っている。
逆に円安が進めば、政府と日銀のスタンスの違いが浮き彫りになるかもしれず、それは投機筋に格好のチャンスを与えることになるかもしれない。
●背景となるニュース
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