岸田首相Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

政府は31日夜、岸田文雄政権が掲げる「新しい資本主義」の実行計画案を公表した。少額投資非課税制度(NISA)拡充や、プロ投資家向けに私設取引システム(PTS)で非上場株式の売買を可能にする制度整備、合併・買収(M&A)を目的とした公募増資円滑化のためのルール見直しといった金融市場を重視した内容も盛り込まれた。  

  重点投資分野として、1)人、2)科学技術・イノベーション、3)スタートアップ、4)グリーントランスフォーメーション(GX)・デジタルトランスフォーメーション(DX)を挙げた。政府は6月7日の閣議決定を目指す。

  岸田首相は成長と分配の好循環を目指す「新しい資本主義」を掲げ、市場・株主偏重の資本主義からの転換を訴えていた。金融所得課税強化のほか自社株買い規制にも言及した経緯があるが、今回の実行計画には盛り込まれなかった。

  野村総合研究所の木内登英エグゼクティブエコノミストは31日付リポートで、岸田政権の経済政策について、5月上旬の講演で資産所得を倍増する方針を打ち出したのを機に「株式市場を敵に回す」姿勢から「株式市場を味方につける」戦略へ一気に転換したと指摘。「個人資産をよりリスクマネー化することで経済を活性化させる政策であり、評価できる」とした。

  実行計画案の主な内容は以下の通り。

貯蓄から投資のための「資産所得倍増プラン」の策定

  今年末に総合的な「資産所得倍増プラン」を策定する。NISAの抜本的な改革を検討するほか、個人型確定拠出年金(iDeCo、イデコ)制度の改革や子ども世代が資産形成を行いやすい環境整備を検討。

非上場株のセカンダリーマーケットを整備

  スタートアップが非上場のまま成長に時間をかける環境を整備するため、私設取引システム(PTS)で非上場株式をプロ投資家向けに取り扱うことを可能とするなどの制度整備を行う。

M&A円滑化へ、公募増資ルールの見直し

  投資家保護に配意しつつ、M&Aを目的とする公募増資の円滑化に向け、来年の夏までに公募増資ルールの見直しを図る。原則1年以内のM&A実行や、されなかった場合の代替使途の公表を求めている日本証券業協会の自主規制が同目的の公募増資を制限との指摘も。

非財務情報の株式市場への開示強化

  人的資本をはじめとする非財務情報を見える化し、株主との意思疎通を強化する。 参考となる人的資本可視化指針を本年夏に公表し、年内に金融商品取引法上の有価証券報告書において、人材育成方針や社内環境整備方針などを表現する指標や目標の記載を求め、非財務情報の開示強化を進める。金商法上の四半期報告書も廃止し、取引所の四半期決算短信に一本化する。

時価総額に占める無形資産の割合(2020年)

米国では企業価値の大半が無形資産

Source: 新しい資本主義の実行計画案

ベンチャーキャピタルへの公的資本の投資拡大

  産業革新投資機構の運用期限を2050年まで延長し、成長に時間を要するスタートアップへの投資が制限されている課題を解決する。2000兆円に及ぶ個人金融資産がスタートアップ育成に循環し、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)等の長期運用資金がベンチャー投資やインフラ整備に循環する流れを構築する。

SPACの検討

  SPAC(特別買収目的会社)を導入した場合に必要な制度整備について、グローバル・スタンダードを踏まえ、投資家保護に十分に配慮しつつ検討を進める。

GX経済移行債の創設

  脱炭素に向けた150兆円超のGX投資を先導するため、将来の財源の裏付けをもった「GX経済移行債(仮称)」を先行して調達し、民間長期投資を支援する。財政出動を呼び水に、グリーン、トランジション、イノベーション・ファイナンスなど新たな金融手法を組み合わせ、世界のESG資金を呼び込む。夏以降に官邸に新設する 「GX実行会議」で検討する。

岸田文雄首相(5月5日、ロンドンの英首相官邸で)Photographer: Neil Hall/EPA/Bloomberg

経済財政運営の枠組みを堅持

  大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3本の矢の枠組みを堅持する。事業の性質に応じて基金を活用し、予算単年度主義を打破する。

科学技術・イノベーションへの投資

  量子、人工知能(AI)、バイオテクノロジー分野を国益に直結する科学技術分野に位置づけ、国家戦略を策定し、官民が連携して科学技術投資の抜本拡充を図る。民間企業の研究開発投資を促進するための税制の在り方について検討を進める。総理に対する情報提供・助言のため、総理官邸に科学技術顧問を設置する。

スタートアップ育成5カ年計画を策定

  スタートアップの育成を日本経済のダイナミズムや成長を促し、社会的課題を解決する鍵と位置づけ、5年10倍増を視野に5カ年計画を今年末に策定する。また、実行のための司令塔機能を明確化する。

スタートアップへの投資額

日本の事業会社による投資額は低水準

出所:新しい資本主義実現本部事務局

各国の2020年度の事業会社によるスタートアップ投資額

デジタル社会の実現

  ブロックチェーン(分散型台帳)技術を基盤にNFT(非代替性トークン)などウェブ3.0の推進に向けた環境整備を検討する。著作物利用許諾の簡素で一元的な権利処理を可能とする措置を検討し、来年の通常国会に関連法案の提出を図る。セキュリティートークン債(デジタル債)での資金調達機会を拡大させ、個人に投資機会を提供し、私設取引システムでも扱えるよう速やかに制度整備を行う。

コロナ後の私的整理法制の整備

  新型コロナ後に向けた企業の事業再構築を容易にするため、新たな事業再構築のための法制度を検討し、早期に国会に提出する。

経済安全保障の強化

  半導体、レアアース、電池、医薬品など重要物資の安定供給を確保するため、サプライチェーン上の供給途絶リスクを分析した上で、中長期的な支援措置を整備する。AI・量子・宇宙・海洋などの先端的な重要技術の実用化に向けたプロジェクトを強化し、5000億円規模を目指す。 次世代に不可欠な技術の開発・実装の担い手となる民間企業の資本強化を含めた支援の在り方について検討を行う。