ロシアがウクライナへの侵攻を開始してから3か月余り。当初、首都キーウはすぐにも陥落するのではないか、という見方もありましたが、大方の予想に反するウクライナの“善戦”によって、長期化の様相を見せています。

“善戦”の大きな要因と指摘されているのが、欧米諸国などからの武器供与です。

「ジャベリン」、「りゅう弾砲」、そして「フェニックスゴースト」。
こうした武器の名前を、一度でも聞いたことがあるという人は、少なくないのではないでしょうか。

実は、供与される武器の種類は、戦況の変化に対応するように、少しずつ変わってきました。それは、何を意味するのか。そして、供与された武器はどのように威力を発揮し、ウクライナを支えているのか。専門家の解説を交えて読み解きます。

欧米の支援が晴らした“戦場の霧”

話をうかがったのは、陸上自衛隊のトップ・陸上幕僚長を務めた岩田清文さん(65)。

専門は機甲科、つまり戦車で、北海道にある第七師団の師団長や北部方面総監を歴任し、ロシアの戦術にも精通しています。

まず、戦闘長期化の背景をどう見ているのか尋ねると、岩田さんは、ロシア側、ウクライナ側双方で、次のような要因が考えられると指摘しました。

それぞれ詳しく説明すると、こういうことだと言います。

<ロシア>
1、軍事的に無理のある指示でも、誰もいさめられない
2、「早期の政権打倒」という目的と「都市の制圧」という手段の不一致、兵力も不足
3、統合作戦の指揮体制の欠如、サイバーでの苦戦、兵たんの軽視
4、軍隊の基本動作が徹底されず、戦術・戦闘面でも失敗が続いた

<ウクライナ>
1、欧米の情報支援やサイバー作戦で敵情を正確に把握した
2、情報に基づき、相手の出方に合わせた防衛作戦を立案した
3、欧米の情報や武器を活用して、効果的に反撃した
4、ゼレンスキー大統領が士気を鼓舞し、「国土を守る」という大義があった

さまざまな要素が絡み合って生まれたという現在の戦況。

中でも、情報面でウクライナが優位に立ったことが大きかったと、岩田さんは考えています。

「かつてのプロイセンの著名な戦略家・クラウゼヴィッツは、戦場における不確定要素、つまり、把握できない情報を『戦場の霧』と呼びました。今回、ウクライナは、かなりの部分で『戦場の霧』を晴らしていたと言えます。それを支えたのが、アメリカをはじめとする欧米各国の衛星などによる情報支援、そして、大規模なサイバー作戦です。ウクライナは、これらの支援によって、ロシア側の作戦の意図や部隊の展開状況を、あらかじめ詳細に把握することができました。だからこそ、侵攻初期にミサイル攻撃を受けても、防空システムや戦闘機を退避させ、航空面での優勢を失わずに済みました。また、ロシアの地上部隊は3方向から進軍しましたが、これに対しても適切に兵力を配分し、阻止できたと思います。さらに、ピンポイントでロシアの指揮官をねらった狙撃、相手の補給線を遮断する攻撃など、要所要所で、情報を生かした非常に効果的な戦い方が展開できています」

供与される武器は変わっている

情報面で優位に立ち、ロシア側の手の内を把握したうえで、的確な防衛作戦を展開してきたというウクライナ軍。その作戦を支えているのが、欧米諸国などから供与された武器です。

実は、供与された武器の種類を見ると、この3か月で内容は変化しています。こちらは、各国の発表や報道をもとに防衛省がまとめた資料から作成した、主な武器供与の一覧です。

左が、侵攻開始から1か月ほどがたった3月中旬の時点で供与されていたものです。

目立つのは、「スティンガー」や「ジャベリン」など、人が持ち運びできる「携行型」の対空ミサイルや対戦車ミサイルです。

そして右が、5月中旬までに新たに供与された武器。アメリカやドイツが供与した「りゅう弾砲」をはじめ、火砲や戦車などの「重火器」が、数多く投入されていることが分かります。

ここから、この2か月間の戦いの変化を見ることができます。

携行型ミサイルが供与されたわけ

侵攻初期に盛んに供与された、スティンガーやジャベリン。
いずれも、自動で目標に向かっていく「撃ちっぱなし」タイプの武器で、撃ち手は、発射後、すみやかにその場を離脱することができます。つまり、相手から反撃を受けるリスクが小さいのです。中でも、ジャベリンは侵攻初期の戦いに、まさに適した武器でした。

当初、ロシアは、首都キーウをはじめとする主要都市を地上部隊で制圧し、ゼレンスキー政権を早期に打倒することをねらっていたとみられています。ウクライナとしては、ロシア軍の進撃を食い止め、都市を守り抜く必要がありました。

市街地は、戦車や装甲車が通ることができるルートが限られるため、相手が来る場所を容易に予測することができます。また、建物など遮蔽物が多く、撃つ前、そして撃った後に身を隠しやすいという特徴もあります。

このため、ウクライナは、戦車などを待ち伏せしたうえで、ジャベリンで攻撃し、また隠れるという作戦を繰り返し、これが極めて効果的だったとみられているのです。

結局、ロシアは「目標としていたキーウの制圧に失敗」(3月30日・アメリカ国防総省 カービー報道官)と評価される結果に終わりました。

「ジャベリンは、発射後に後方に吹き出る爆風が少ないため、ビルの中からでも撃てます。初期の戦闘で、ウクライナ軍は、開けた地域では、あえて作戦を控えたとみられます。そして、相手を市街地や遮蔽物の多いポイントまで引き込み、ジャベリンなどで攻撃して、すぐ逃げるという『ヒット&アウェイ』戦法をとり、効果的にロシアの戦車や装甲車を撃破しました。高性能な欧米の兵器とウクライナの戦術がうまくマッチし、大きな効果を発揮したと言えると思います」

東部戦線 カギは「火力」

その後、ロシア軍はキーウ周辺から撤退し、東部に戦力を再配置。東部では、いまも激しい攻防が続いています。

ここで繰り広げられているのは、支配地域の拡大を目指すロシア軍と、国土を守ろうとするウクライナ軍との戦い。キーウなどの都市を舞台に繰り広げられた戦いとは全く異なる、開けた場所での地上戦です。

そして先ほど見たように、各国が供与する武器は、戦場の変化と歩調を合わせるように、りゅう弾砲や戦車が増えています。

なぜ、これらの兵器が必要になるのか。

岩田さんによると、地上戦では、互いに次のような攻撃を展開するといいます。

1、ドローンや航空機で相手部隊の展開状況などを偵察
2、りゅう弾砲などを使って相手の砲兵などを制圧、戦力をそぐ
3、戦車部隊や歩兵部隊が相手陣地に進撃

りゅう弾砲は、数十キロ離れた場所から、殺傷能力の高い砲弾=りゅう弾を連射する兵器で、地上や空中でさく裂させることで、広範囲の敵を一気に制圧することができます。

りゅう弾砲などによる砲撃で相手の戦力を十分に減らしたうえで、戦車などを使って一気に戦線を押し上げ、支配地域を拡大するのが、地上戦の戦い。

2の局面では、より遠くから、より多くの火砲で攻撃したほうが戦いを有利に進められ、3になれば、戦車の数が、勝敗の行方に大きな影響を与えると考えられています。

だからこそ、欧米各国は、りゅう弾砲や戦車をさかんに供与してきたとみられるのです。

ロシア軍は、完全掌握を目指す東部ルハンシク州に、りゅう弾砲や多連装ロケット砲を集中的に投入しているとみられ、数と射程でウクライナ軍をりょうがすることで、攻勢を強めていると伝えられています。

これに対し、ウクライナは、より射程の長いアメリカ製の多連装ロケット砲などの提供を、強く求め、アメリカは5月31日、長射程の高機動ロケット砲システム「ハイマース」を新たに供与することを明らかにしました。

これについて、岩田さんは次のように話しています。

「ロシア軍は、伝統的に地上戦を得意としていますが、彼らの戦い方の特徴をひと言でいえば、“徹底的な破壊”です。自分たちの前進を阻む相手の砲兵を、空爆やミサイル、砲撃で、とにかく徹底的にたたく。そして、最後に戦車と歩兵が突撃してきます。これにあらがうためには、相手をしのぐ圧倒的な火力を持つしかありません。だからいま、ウクライナは、『大砲をくれ』、『戦車をくれ』と、必死に声を上げているわけです」

“ゲーム・チェンジャー” ドローン

そして、もうひとつ、注目したいのが、無人機・ドローン。戦闘の様相を一変させることから、“ゲーム・チェンジャー”とも呼ばれています。

ドローンについては、日本の防衛省がウクライナに提供したニュースを覚えている方も多いと思います。

このドローンは民生品で、被害状況の把握や偵察、攻撃が命中したかどうかの確認などでの使用が想定されています。

一方、アメリカが提供した「スイッチブレード」や「フェニックスゴースト」と呼ばれるドローンは、これとは全く違います。

偵察にとどまらず、「自爆型」の名のとおり、相手に突っ込んで爆発する攻撃兵器としても使えるのです。

中でも、フェニックスゴーストは、今回のロシアによるウクライナ侵攻を受け、アメリカ空軍が新たに開発したもので、りゅう弾砲の射程よりさらに離れた場所にいる相手を攻撃できるとされています。

ウクライナでの運用の実態は明らかになっていませんが、岩田さんは、「長距離を飛行できる自爆型ドローンを使えば、奥まった場所にいる食糧や弾薬の補給部隊を直接攻撃できる可能性がある。真正面から火力をぶつけ合うだけでなく、より効果的な戦術をとることが可能になるだろう」と指摘します。

一方、ウクライナでは、トルコが供与した無人攻撃機が、黒海でのロシア軍艦艇への攻撃に使われていて、ウクライナはロシア軍の揚陸艇を破壊したと主張しているほか、旗艦「モスクワ」の沈没に関与したという指摘も出ています。

相次ぐ武器供与が意味するものは…

武器供与など、ウクライナに軍事支援を行った国や地域は、EUやアメリカ、イギリスなど少なくとも35に上っています。

そこには、単にウクライナを支援するということにとどまらない、戦略的な意図が見えると、岩田さんは指摘します。

「アメリカのオースティン国防長官は、4月にウクライナを訪問した際、『ロシアが弱体化することを望んでいる』と発言しました。欧米各国は、『ウクライナが抵抗を続ければ続けるほど、軍事的な脅威であるロシアの国力を弱らせることができる』と考えているのでしょう。ウクライナでの戦闘を経て、ロシアの国力がどう変化するかということは、ロシア、中国、北朝鮮の3つを念頭に置いて安全保障を考える必要がある日本にとっても、決してひと事ではないのです」

一方、ロシアのプーチン大統領は5月28日、欧米諸国の武器供与について、「事態のさらなる不安定化と人道危機の悪化を招く」と警告。核の使用もちらつかせながら、けん制を繰り返しています。

相次ぐ武器供与は、いったい何をもたらすのか。日本に住む私たちも、関心を持ち続けていく必要があります。