「#ロシアを支持します」
去年3月のある日、突如、このハッシュタグがSNSで広がりました。
2月の軍事侵攻以降、主に欧米の「ウクライナ支持」を表明する投稿が多く見られた中、一時、ツイッターのトレンド入りもしました。
なぜなのか。
ロシア発の情報の流れを分析すると、「フェイク」を交えながら世論に影響を与えようとする巧妙な「情報工作」の実態が浮かび上がってきました。
自国の行動を正当化する「プロパガンダ」を発信し続けるロシア。
それに対して、国際的なPR戦略などで対抗するウクライナ。
双方が仕掛ける情報戦は激しさを増し、世界に分断を引き起こしています。
SNS全盛の時代、世界中の市民を巻き込んで繰り広げられる新次元の“情報戦”に迫ります。
(NHKスペシャル「混迷の世紀」取材班)
“遺体の手が動いている”というファクトチェックも「フェイク」
去年4月、ウクライナ首都近郊のブチャで明らかになった民間人の虐殺。
その凄惨な映像は、世界に衝撃を走らせました。
欧米メディアは、ロシア軍の関与を示唆。
ロシア軍の撤退前から遺体が横たわっていたことを衛星画像から立証するなどしました。
一方のロシア政府は関与を否定、欧米メディアの報道を「フェイク」だと非難し、ロシアメディアも政府の主張に沿った論調を展開しました。
このとき、具体的な理由をあげ、ロシアの関与を否定するWEBサイトが出現していました。
「War On Fakes(フェイクとの戦い)」
欧米メディアの報道やSNS上のロシア軍を非難する記事などを、客観的に「ファクトチェック」したとする、多数の記事をサイトやSNSに掲載。英語やスペイン語、中国語などで発信していました。
欧米メディアが示したブチャの衛星画像については、「いつ撮影されたか不明で信用できないと」主張。
路上の遺体の動画についても「遺体の手が動いている」として「フェイク」であり「計画されたメディアキャンペーンだ」と主張しました。
しかし、その後の複数の専門家やNGOなどの検証で、このサイト自体が「フェイク」を作り出していると、結論付けられています。
イギリスのNGOが運営する「アイズ・オン・ロシア」。
軍事侵攻が始まって以降、ロシア発の情報を1万件以上、検証してきました。
ブチャの虐殺をめぐっては、ロシア側の主張を、公開情報に基づき、情報源を明示しながら詳細に検証。
「衛星画像がいつ撮影されたか不明だ」とする主張に対しては、提供企業のウェブサイトで撮影日の記載を確認。さらに、画像の太陽の光の角度も検証して、撮影日時を特定、ロシア軍が撤退する前に撮影されたものであることを立証しました。
そのうえで、「虐殺がブチャで実際に起きたことを示す証拠の信用を失墜させようとしている」と断じています。
フェイクのほうが1.2倍シェアされる
しかし実際には、こうした「フェイク」が、世界に広がり続けていました。
ある研究機関がSNS上でシェアされた投稿を分析したところ、「ロシアが虐殺をした」という投稿に比べて、「ロシアは虐殺をしていないのではないか」という投稿の方が1.2倍多くシェアされていたというのです。
世界各地のロシア大使館などから拡散
「フェイク」を含む情報は、どのように世界に広がっていったのか。
私たちが、情報の流れを詳しく分析すると、SNSを駆使した大規模な拡散の手法がみえてきました。
分析したのは、ロシア側のサイトの記事などのURLを含むおよそ1万件のツイッターの投稿データです。
きっかけは、サイトが出現してまもない3月上旬に投稿されたロシア外務省のツイートでした。
ロシア外務省のツイート
「ジャーナリスト集団が、専門的な知識を使い常識的な判断でフェイクを見破っている」
この投稿に素早く反応したのは、世界各地のロシア大使館や総領事館のアカウント。
約1分後にカナダのロシア大使館がリツイート。
すると、24時間のうちに日本やインド、イギリスなど世界17のロシア大使館などが同じ投稿を次々にリツイートし、それぞれのフォロワーに広めていました。
さらに拡散を加速させたのが、親ロシアを公言している世界中のインフルエンサーたちでした。
中には多数のフォロワーを抱える欧米の文化人やジャーナリストもいて、ブチャでの虐殺は「衛星画像が疑わしい」などとした、ロシア側のサイトの記事の検証について、「名探偵」などとして、紹介する投稿もありました。
サイトの記事は、こうした拡散を通じて、2か月のうちに世界中で延べ1500万を超えるフォロワーに広がっていました。
ロシア政府が国営メディアに指示したとされるマニュアルも
さらに、こうしたフェイクを含む情報の発信を、ロシア政府が、国営メディアなどに直接指示していた可能性も浮かび上がってきました。
イギリスにあるシンクタンク「ドシエセンター」が入手したロシア政府が国営メディアなどに向けて配布したとされるマニュアルには、「ウクライナで、アメリカと同盟国が核や生物兵器を開発してきたと、主張し続けることが重要」と記されていました。
マニュアルには、情報をSNSで拡散しやすいように、メッセージ付きの画像や動画も多数、掲載されていました。
ある画像では、戦場のウクライナ兵がベビーカーの後ろに隠れているのに対し、ロシア兵はベビーカーの前に守るように立っていて、「これが違いです」というコメントがつけられていました。
卑怯なウクライナ兵に対してロシア兵が勇敢で正しく見えるよう印象づけるねらいがあるとシンクタンクはみています。
このシンクタンクでは、こうした印象操作やフェイクを含んだ真偽不明な情報を、SNSやネットを通して世界中に広げることで、人々の心に訴えかけ、国際世論を有利に動かそうとしているとロシア政府は考えていると、分析しています。
イギリスにあるシンクタンク「ドシエセンター」 マキシム・ダバーさん
「ロシア政府は自分たちの目的を達成するために、ロシアから見た正しい情報で情報空間を埋め尽くそうとしています。人々を動揺させ、混乱させることに重点を置いています。大量の偏った情報が流れることで、誰もがそう思っているんだという印象を人々に与え、その結果、それを世論だと思い込んでしまうのです」
ボットアカウント出現し「#ロシアを支持します」拡散
こうしてロシア側が発信する大量の情報が、世界各地に浸透し、分断を引き起こしている実態もみえてきました。
ロシアを支持するハッシュタグ
「#IStandWithRussia(ロシアを支持します)」
「#IStandWithPutin(プーチンを支持します)」
去年3月2日、ツイッター上に突如出現し、拡散したハッシュタグです。
軍事侵攻開始以降、ツイッター上では主に欧米のユーザーが「ウクライナ支持」を表明するハッシュタグやメッセージが急増していました。
こうした流れに反して、3月2日になぜかロシア支持/プーチン支持を表明するハッシュタグが拡散し一時ツイッターのトレンドになっていたのです。
この現象に気づき、詳細な分析を行ったのがイギリスの調査機関「キャスム」です。
イギリスの調査機関「キャスム」 カール・ミラーさん
「ある朝起きたらツイッターのトレンドに『ロシア支持』『プーチン支持』が入っていたことに気づきました。それまでSNSはウクライナへの支持で埋め尽くされていたのに、イギリスだけでなく世界の国々でトレンドになっていたんです。信じられないことでした」
なにが起きているのか突き止めようと、2つのハッシュタグを使ったおよそ35万件の投稿データを分析したところ、「不自然なパターン」が見つかったと言います。
ロシア支持のハッシュタグを頻繁に発信していた約1万のアカウントを分析。
言語や投稿の内容から、世界のどの地域や集団に属するのかを分類しました。
すると、大きく8つのグループが浮かび上がりました。
「不自然なパターン」がみられたのが、図の青色で分類された約1100のアカウントです。
これらの多くはロシアによる軍事侵攻が始まった2月24日や、ロシア支持のハッシュタグの投稿が急増した3月2日に作成されたばかりの新規のアカウントでした。
そして、その後、ほとんど投稿は行われていませんでした。
アカウントの一部は盗まれたIDで作成されていたことも分かり、調査機関は、人工的につくられた「ボットアカウント」の集団だと分析しています。
この「不自然な」発信に共鳴するかたちで、ロシア支持を頻繁に発信していたのが、図の黄色や紫色で示した「アフリカ地域」のグループや、赤色や緑色で示した「南アジア地域」のグループ、いわゆる「グローバルサウス」の地域の投稿者でした。
ボットアカウントが出現して、ロシア支持の投稿が突如広がった「3月2日」。
実は、この日は国連総会でロシアを非難する決議の採決が行われた日でした。
結果的に、ロシア非難の決議は、欧米各国など141か国の賛成多数で採択されましたが、インド、アフリカなどグローバルサウスの地域を含む35か国は棄権にまわりました。
決議の採決の裏で、不自然なかたちで起きていたロシア支持のハッシュタグのトレンド。
調査機関では、国連決議にあわせて国際世論に影響を与えようとしたものだとみています。
イギリスの調査機関「キャスム」 カール・ミラーさん
「この世論工作を誰が行ったのかデータからひもとくのは慎重にならないといけませんが、国連総会で決議が行われたこの日、ロシアには世論操作・世論工作を行う強い政治的・外交的な動機があり、欧米側の非難からグローバルサウスを引き離そうとしていたと考えられます。世界的な団結で制裁が行われることを防ごうとしたのです」
“武器化”したSNSがもたらす世界は
SNSを「武器」として利用し、大規模な情報工作を仕掛けるロシア側に対し、ウクライナ側も、世界の広告代理店に依頼し、「強大な侵略者に立ち向かう勇敢さ」をアピール、国際社会を味方につけようとする一大PR戦略で対抗。
双方のし烈な情報戦は、世界を大きく分断する事態に発展しています。
そうした中で、私たちはどのように情報と向き合えばいいのか。
SNS時代の情報戦を研究してきたアメリカのピーター・W・シンガーさんは、私たち一人ひとりの自覚こそが重要だと指摘しています。
SNS時代の情報戦を研究 ピーター・W・シンガーさん
「SNSを駆使したロシアの情報戦の目的はロシアへの好意を広めることではありません。人々の間に疑心暗鬼を広め、すでにある政治的な分裂に入り込んでそれを拡大することが目的です。日本ではまだ効果は出ていませんが、今後影響を与えるおそれもあります。ソーシャルメディアでは物語としての魅力が真実を凌駕します。フェイクであっても魅力的で過激なコンテンツが力を持ち、善の勢力にも悪の勢力にも力を与える武器になりえ、それに加担しているのは、私たち一人ひとりです。最も読まれる話を決めるのは国家ではなく、あなたや私の『クリック』であることを自覚しなければなりません」
ロシア・ウクライナをめぐる情報戦の実態については、2023年1月15日(日)21時からのNHKスペシャル「混迷の世紀 第6回“情報戦”ロシア VS.ウクライナ~知られざる攻防~」でも詳しくお伝えします。
NHKは、誤情報・偽情報、フェイク対策の国際的な取り組みに参加、デジタル空間の健全化にむけてさまざまな取材を進めています。