回転ずしの店で、客席のしょうゆさしをなめる。
うどん店で、天かすをいれるための共用のスプーンを口に入れる。
信じられないような、客による「迷惑行為」の動画が相次いでSNS上で拡散し、社会問題になっています。
過去にも何度も繰り返されてきた「迷惑動画」。
なぜ、やってしまうのか?
なぜ、なくならないのか?
※目次をクリックするとその項目に飛びます
目次1:“500の3乗を想像できない”
2:“一生背負う”そのリスク
3:使い方が変わっている
4:幸せになってバズろうぜ
“500の3乗を想像できない”
はじめに話をうかがったのは、金城学院大学の北折充隆教授。
社会心理学が専門で、「迷惑行為はなぜなくならないのか」というタイトルの著書もある、この分野の専門家です。
北折教授によると、迷惑行為のきっかけになっているのは「お調子者の目立ちたいという」衝動。
ただ、当事者たちはあくまで、友だちという「身内」の中で完結しているという意識で、「社会の広さを想定しきれていないことが大きい」と指摘します。
「社会の広さ」がわかるように、北折教授がよく使うという話を教えてくれました。
それが、「500の3乗」です。
自分にSNSの友だちが500人いると仮定します。
その友だちにも500人の友だちが、その友だちにも500人の友だちがいるとすれば、それで1億2500万人。
SNSで500人の「友だち」がいる人が、2段階、拡散すると計算上は、日本の人口とほぼ同じ数の人に伝わることになります。
フォロワー500人と言えば、今の若者ならそんなに珍しくない数。
確かに、ちょっと考えてみれば分かる話ですが、北折教授は「自分は大丈夫」と正常性バイアスが働き、こうした「拡散力」を考えないのだろうと指摘しています。
金城学院大学人間科学部 北折充隆教授
「今の若者なら小学校の同級生から『友だち』はいるでしょうから、中学校、高校の同級生、会社の同僚と増えていけば、500人は簡単にクリアできる数字でしょう。『日本の人口は500の3乗』と考えると、社会って、私たちが思っているよりずっと狭くなっている。そのことに思いをはせられないから、リスクよりもその場の楽しさが上回ってしまうのだと思います」
“一生背負う”そのリスク
迷惑動画を投稿することのリスクとは。
今度は、ネットでの「炎上」事案の対応などに詳しい清水陽平弁護士に聞きました。
まず、こうした迷惑行為は「罪に問われる可能性がある」ということです。
清水陽平 弁護士
「たとえば、今回、問題になった回転ずし店での迷惑行為は、営業を妨害しているという点で、偽計業務妨害罪が成立すると考えられます。また、もし、食材を廃棄させていたとすれば器物損壊罪が成立しうると思います」
偽計業務妨害罪は3年以下の懲役、または50万円以下の罰金。
器物損壊罪は3年以下の懲役、または30万円以下の罰金、もしくは科料です。
そして、「店側が甚大な被害をこうむる」ということ。
清水弁護士によると、客による迷惑行為ではありませんが、過去には、ステーキ店やそば店で、従業員が冷蔵庫や食洗機に入る様子をSNSに投稿し、その後、閉店に追い込まれたケースもあるそうです。
また、閉店にまでは至らなくても、店に行きたくないという人が一時的に増えるおそれがあったり、商品を提供する仕組みを変えないといけなかったりと、多大な影響を受けることになるといいます。
清水陽平 弁護士
「これまでの傾向を見ると、6~7年ほどの間隔で迷惑行為は繰り返されています。大人からすると、『また』ですが、若い人たちはそれを知らず、リスクを想像できない。『デジタル・タトゥー』になり、その過去を一生、背負い続けなければならないおそれもあるというリスクを、ちゃんと考えてほしいと思います」
使い方が変わっている
繰り返される、迷惑行為。
もちろん、若者に限った話ではありませんが、こうした行為が目立つようになった10年ほど前とは、若者のSNSの使い方は変化していると指摘する人もいます。
若者の消費行動を研究している廣瀬涼さんです。
廣瀬さんが注目するのが、総務省情報通信政策研究所が毎年行っている「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」。
これによると、2012年には20代のツイッターの利用率は37.3%で、「周りの人の多くは使っていない」という状況でした。
10年後の2022年、つまり、去年には78.6%に達し、「だいたいみんな使っている」という環境が生まれていました。
ニッセイ基礎研究所生活研究部 廣瀬涼 研究員
「周りに使っている人がいないころは、主な使いみちは、『知らない人とつながる』ことだったと思います。でも、周りがみんな使っていれば、『仲のいい人との日常的なコミュニケーション手段』になる。もともと、仲間内で共有するつもりで、それ以外の人たちに拡散されることは意図も、想定もしていないわけです。『身内のノリ』を外とつながっているSNSに投稿してしまうという行動は、使い方の変化と無関係ではないと思います」
北折教授も指摘する「身内の中」という意識。
仲間と、ふだんのコミュニケーションをとるための手段になったからこそ「社会の広さ」だけでなく、「個人情報の拡散」というリスクも意識されなくなっていると廣瀬さんはいいます。
ニッセイ基礎研究所生活研究部 廣瀬涼 研究員
「SNSが普及し始めたころ、顔写真を載せたり、実名を書くことに抵抗ありましたよね?当初は、怖いと意識して使い始めていたけど、子どものころから当たり前に使ってきた今の若い人たちは、抵抗なく投稿する。リテラシー教育は充実してきたと思いますが、教育を受けている側が、拡散されるリスクを自分ごととして受け止めていないという問題もあると思います」
北折教授の話も廣瀬研究員の話も、最後にたどりついた結論は同じでした。
それは、「迷惑動画は決して無くならないだろう」ということです。
幸せになってバズろうぜ
何だか暗い気持ちになりますが、最後に、前向きな話を1つ。
「迷惑動画」が批判を浴びる中、SNS上で急激に拡散した動画があります。
9歳の男の子が、初めて食べる大トロのお寿司をほおばる、この動画。
投稿した家族にうかがったところ、撮影したのは2年前ですが、一連の騒動を受けて、力になれればと考えたそうです。
今月7日の時点でTikTokとツイッターをあわせて91万を超える「いいね!」がつきました。
「何度も見たくなる幸せな動画」
「出回るならこういうのよ!」
「この手の動画増えてくれw」
SNS上は称賛のコメントであふれました。
そして、特に印象に残ったのが、このコメント。
「みんなが幸せになってバズったほうがカッコいいでしょ」
せっかく、瞬時に、たくさんの人に動画を見てもらえる方法があるんだから、どうせだったら幸せな動画を広げてほしい。
絶対、それがカッコいい。
私たちもそう思います。
(ネットワーク報道部 秋元宏美 吉村啓/おはよう日本 金谷隼一)
※記事中の図で「25万人」とすべきところが「2万5000人」になっていました。お詫びして訂正いたします。