[リヤド/ワシントン 8日 ロイター] – 米男子ゴルフのPGAツアーがサウジアラビア政府系ファンドPIFの支援を受ける新興ツアー「リブ・ゴルフ・インビテーショナル・シリーズ(LIV)」との事業統合に合意したことは、バイデン米政権の力添えによるサウジのムハンマド皇太子の国際社会復帰がある程度完了したことを示している。
バイデン大統領は2018年のサウジ人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件への関与を巡り、ムハンマド氏を「のけ者」にすると発言。関与を否定する同氏との関係が悪化した。
しかし、バイデン氏は昨年7月にサウジを訪問してムハンマド氏と初めて対面で会談した。サウジは米国製兵器の主要な輸入国。
PGAとLIV、DPワールドツアー(欧州ツアー)の3団体の統合合意はブリンケン米国務長官のサウジ訪問に合わせて発表された。
米当局者らはPGAとLIVの統合について概ねコメントを控えている。ただ米国とサウジの関係は複雑で、その範囲は地域安全保障やエネルギー、人権問題などに及ぶと語る。
ブリンケン氏は8日、サウジ訪問を終えて、サウジ側に人権問題を提起したと記者団に明かした。「人権問題の進展が両国の関係を強化するということをはっきりさせた」と述べ、「米国は常に人権問題を課題に据えている」と言い切った。
しかし、人権擁護を訴える人々からは、PGAとLIVの統合からバイデン政権が人権ではなく地政学的課題を選択したことが読み取れるとの声も聞かれる。
プロジェクト・オン・ミドル・イースト・デモクラシーのディレクター、セス・バインダー氏は「私にとって最も重要なのは、バイデン氏が(サウジの)ジッダを訪問してムハンマド皇太子を復権させなければPGAは統合に動かなかっただろうという点だ」と言う。「バイデン氏は全世界、特に経済界に対して、ムハンマド氏と関係を回復しても問題がないということを示したのだ」
バイデン政権高官は匿名を条件に、サウジ国内の人権問題に対する米国の取り組みはサウジ当局者との私的な対話を通じて進める方が良いと述べたが、具体的な事例には触れなかった。高官はバイデン氏のサウジ訪問以降、イエメン停戦など幅広い問題で進展があったと指摘。「公的な外交の場と、効果を持つ舞台裏の外交の場があり、われわれは舞台裏の外交に強い信頼を寄せている」とした。
<何を優先するか>
ムハンマド氏はサウジを近代化し石油依存を下げる野心的な計画を立ち上げているが、同時に米国民を含む政府に批判的な人々を弾圧している。
ニューヨークに拠点を置く人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によると、サウジでは人権活動家や反体制派の多くが投獄されたり裁判にかけられたりしており、昨年のバイデン氏のサウジ訪問後にこうした弾圧が急増したという。
PGAとLIVの統合合意発表前にも、人権問題と米国の国家安全保障問題は相反する関係にあった。
ブリンケン氏は今回のサウジ訪問に当たり危急の課題として、中東で外交的進出を図る中国への対抗、イラン核兵器開発問題への対応、サウジに対するイスラエルとの国交樹立への働きかけなどを挙げた。また原油価格高騰を避けるためにサウジから支援を得ることも議題に上った。石油輸出はバイデン氏が昨年サウジを訪問した理由の一つでもあった。
HRWのワシントンディレクター、サラー・ヤガー氏は、米国がサウジに秋波を送っているため、サウジは人権問題で改革に手を付けなくても米国の協力を得られるようになっていると指摘。
「サウジは極めてうまく取引しているが、米国は人権問題で改革を引き出すのに、単にお願いする以外にどんな取引材料を出しているのか不明だ。サウジはただ断ればいいだけだ」と語った。
<米市民の拘束>
サウジで身柄を拘束されている米市民などの家族は6日、ブリンケン氏に対して解放を求める緊急声明を出した。ブリンケン氏はサウジ訪問中に具体的な事例を取り上げたと述べたが、詳細には触れなかった。
サウジは3月、政府に批判的な投稿をしたとして収監されていた米国民サアド・イブラヒム・アルマディ氏を解放したが、海外渡航は禁止している。
バイデン政権の元国家安全保障会議幹部、テス・マケネリー氏は安全保障やエネルギー、経済的利益など目先の課題を優先し、人権への配慮を軽視することは、米国の安全保障、そしてサウジ市民の人権をも傷つけることになると警鐘を鳴らす。「5年、10年、15年後になって、サウジのような権威主義的な同盟国に妥協することが国家および国際安全保障に悪影響を及ぼすことが分かるだろう」と語った。
(Humeyra Pamuk記者、Simon Lewis記者)