[オーランド(米フロリダ州) 16日 ロイター] – 26日から始まる今年のジャクソンホール会議で投資家が期待しているのは、金融政策を判断する上で最も実像がつかみにくいが大事な要素、つまり景気と物価の中立的な実質金利(自然利子率=Rスター)に光が当てられることだ。 

新型コロナウイルスのパンデミック前でさえ、自然利子率の正確な推計は一筋縄ではいかなかったが、今はより困難になっている。

だからこそ市場は、政策担当者の考え方のヒントが喉から手が出るほど欲しい。実際、物価上昇率と成長率、金利水準の関係性は、コロナショックを経て根本的に変わってきた。

自然利子率は長期的な経済の潜在成長力を把握するために重要で、成長率や企業収益、投資リターンの計算の根幹を成す。米連邦準備理事会(FRB)の利上げ打ち止めが近づく中で、米10年国債の実質利回りが14年ぶりの高水準にある現状を踏まえると、とりわけセンシティブな話題だともいえる。

最近ニューヨーク連銀とダラス地区連銀の事務方がそれぞれ短期と長期の推計自然利子率について深く分析した論文を公表しており、これがジャクソンホール会議でより詳しく説明されるかもしれない。

TDセキュリティーズの米金利戦略責任者ジェナディ・ゴールドバーグ氏は「ジャクソンホール会議は短期と長期の自然利子率の推計を区分する機会として利用される可能性がある」と話す。

ゴールドバーグ氏は、パンデミック前の自然利子率を巡るコンセンサスが「幅広い不確実性のレンジを伴う相対的に低い」水準だったとすれば、現在は「非常に大きな不確実性のレンジを伴う相対的に低い」水準だと指摘した。

ニューヨーク連銀で最も有名な2つの自然利子率推計モデルである「ローバッハ・ウィリアムズ(LW)モデル」と「ホルストン・ローバッハ・ウィリアムズ(HLW)モデル」の間ですら、かけ離れた数字になっている。

LWモデルが推計する米国の長期自然利子率は1.14%だが、HLWモデルでは0.58%で、自然利子率というものがいかに漠然として捉えどころがないかが分かる。

ダラス地区連銀の7月の自然利子率に関するブログを記したエンリケ・マルチネス・ガルシア氏は、自然利子率を長期で0.70%前後、3カ月ベースではマイナス0.30%とする推計結果を明らかにした。

<投資家のシグナル>

ダラス地区連銀とニューヨーク連銀の見解の差からは、特にパンデミック以降の自然利子率を巡る不確実性の大きさが浮き彫りになってくる。

マルチネス・ガルシア氏が推計した短期の自然利子率はマイナスだが、ニューヨーク連銀の事務方が依拠するモデルに基づくと、自然利子率は過去1年間でかなり上昇した。

そして短期の自然利子率が従来の想定より高く、現在の政策金利である5.25─5.50%近辺にあるとすれば、なぜ米経済が大方の市場関係者が予想したよりも底堅く推移しているのかも説明がつきやすい。

さらにゴールドマン・サックスやシティ、JPモルガンなどのエコノミストらが景気後退(リセッション)突入の見通しを取り下げたのか、またFRBが早期の利下げには動かないのではないかとの見方につながるのかの理由にもなるだろう。

ゴールドマンのストラテジスト、デービッド・ミクル氏は今週、ジャクソンホール会議に触れて「(政策担当者らが)自然利子率の上振れをより公式的に提起するならば、利下げの緊急性は薄れる」と述べた。

ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁は、足元の長期的な自然利子率は恐らくパンデミック前と同じ0─1%だろうとみている。

米紙ニューヨーク・タイムズに対しては「自然利子率がかつての水準、例えばパンデミック前から大きく上がったと証明する確かな証拠は目にしていない」と語った。

ただFRBが計525ベーシスポイント(bp)も政策金利を引き上げて2007年以来の水準にした今の利上げサイクルが間もなく終了し、金融政策は引き締め的な領域に入って、物価上昇率も近く目標の2%が見えてこようかというのに、多くの指標を見ると実体経済が落ち込む気配はない。失業率は過去50年来の最低付近にとどまり、小売売上高は増加、アトランタ地区連銀のモデルでは第3・四半期の成長率は年率5%で推移している。

市場はインフレと政策金利がいずれも落ち着くと見込んでいるにもかかわらず、長期国債の実質利回りは2009年以来の水準に跳ね上がった。

これは投資家が、自然利子率は最終的に上昇する可能性があるとのシグナルを発していると読める。

もっとも上昇幅がどの程度となり、どのぐらいの期間で上昇するのかの手掛かりは非常に乏しい。ジャクソンホール会議で、そうした不確実性が少しでも払しょくされないだろうか、と投資家は願っている。