コラムニスト:リーディー・ガロウド
公共事業が盛んでそのためのルールも整備されている日本で、英語で言うところの「ノット・イン・マイ・バックヤード(NIMBY=ニンビー)」、つまり自分のなわばりに望まない施設を造らせないという地域エゴをむき出しにする人は多くない。
だが、静岡県知事の4期目を務めている川勝平太氏(75)は、無類のNIMBYだ。あるいはそれ以上かもしれない。
同氏は世界有数の野心的な建設プロジェクトであるリニア中央新幹線の工事に待ったをかけ、たった一人で実際に阻止してきた。時速500キロで走行するリニア中央新幹線は、最終的には東京・品川-大阪間を1時間強で結ぶ9兆円事業だ。
JR東海が開業を目指すリニア新幹線は、静岡県を約10キロ通過する予定。そのほとんどがトンネルだ。川勝氏は静岡県の水供給や生物多様性への影響を懸念し、県内での着工を何年間も拒んできた。
川勝氏が知事として合意しなければ、県内でのリニア工事は進められない。JR東海は2027年のリニア開業を断念したことを3月に認めた。川勝氏に提示されたさまざまな解決策や譲歩は結局、何の役にも立たず、川勝氏が次の知事選で選ばれないか、退任するのを待つしかなさそうだった。
しかし、4月に入り事態が動いた。川勝氏は県庁の新入職員への訓示で「野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりとかと違って、基本的に皆さま方は頭脳、知性の高い人たち」などと発言。有権者の怒りの中、川勝氏は6月に辞任すると表明した。
日本の実力アピール
今後はリニア新幹線の建設がよりスムーズになることを期待したい。日本で最も野心的な建設プロジェクトは何十年もの間、鉄道オタクをとりこにしてきた。
1970年代に本格的に検討が始まった超電導磁気浮上式の高速鉄道は、日本の独創性を世界に示すことができる総力を挙げたプロジェクトだ。
この事業にかかる費用は、政府の優遇融資を受けながらもJR東海が負担。人口が大きく減少している日本で、さらに高速鉄道を走らせる必要性を疑問視する声もある。だが、実際に東京-大阪間を東海道新幹線に乗ってみれば、そうした考えの愚かさがよく分かる。
今年の訪日観光客は約3300万人に達する見込みで、新たな感染症のパンデミック(世界的大流行)が起きない限り、日本にやって来る外国人旅行者は増えるばかりだ。日本の観光インフラの多くがそうであるように、現在の新幹線網も十分とは言えなくなりつつある。
それに何より、日本は英国とは違うと示す必要がある。英国は昨年、高速鉄道プロジェクト「ハイスピード2(HS2)」の北部区間について建設を取りやめると発表した。
米国ではカリフォルニア州の高速鉄道プロジェクトがいくらか進展しているが、サンフランシスコとロサンゼルスを結ぶのにまだ1000億ドル(約15兆円)足りないという。リニア中央新幹線の総工費を大きく上回る額だ。
台湾積体電路製造(TSMC)熊本工場の驚異的なスピードでの完成は、日本が総力を結集すれば迅速に動くことができると証明し、外国の経済界に日本の実力を示すアピールにもなった。
中国も独自の高速リニア鉄道を建設中で、上海と浙江省寧波を結び、2035年に運行を開始する予定だ。
リニア中央新幹線は品川-名古屋間の開業が早くても34年以降にずれ込むことになったが、実際にはいつ頃になるのだろうか。商業運転開始後にこの技術を輸出するという野心的な構想もあり、無駄にできる時間はない。
地方分権
川勝氏は当初、リニア建設によって県内河川の水量が減ると懸念。だが、対策が提案されると、同氏は環境リスクを強調した政府の報告書を持ち出した。しかし、多くの識者は、川勝氏の反対は純粋に自然環境への配慮からくるものではないと考えてきた。
一つにはリニア中央新幹線のルート上にある7都府県で静岡だけに駅が設置されないことに、知事が腹を立てているという見方がある。
さらに、東海道新幹線の「のぞみ」も静岡県には停車しない。27年に予定されていた品川-名古屋間のリニア開業を遅らせるという目標を達成したから辞任してもよいという川勝氏の発言は、ますます人々に眉をひそめさせた。
川勝氏が先へ進んだことで、国も前進すべき時が来た。安倍晋三元首相はリニア新幹線の熱心な支持者だったが、それはその実現に誰よりも尽力した葛西敬之JR東海元社長との親交があったからだろう。今や2人とも故人だ。それでも、静岡県の問題を解決するため政府ができることはほとんどなかった。
日本は中央が「飛べ」と言い、地方が「どこまで高くか」と聞き返すような、何でも中央政府が決める国だと思われがちだ。
だが、リニア新幹線のエピソードが示すように、日本は多くの人が思っているよりもずっと地方分権が進んでいる。第二次世界大戦に敗れた日本を数年にわたり占領した米軍が起草した憲法が地方自治を重視しているためだ。
川勝氏が知事を退いたら、岸田文雄首相はJR東海がリニア中央新幹線計画を軌道に乗せるよう、できる限り支援すべきだ。後任知事が誰であろうと、無用な反対を引きずらせてはならない。そして、遅れを取り戻し、大阪まで延伸し37年に全線開業させる目標の達成を目指す必要がある。超特急で動く時だ。
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(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Ultimate NIMBY Derailed on $60 Billion Rail Plan: Gearoid Reidy (抜粋)