フジテレビが企業存続の瀬戸際に立たされている。中居正広問題に端を発した同テレビ局の不祥事は、先週開かれた港浩一社長の記者会見で国民の怒りがピークに達した。そりゃそうだ。フジテレビが提供しているのはエンタメ情報だけではない。報道機関として、不祥事を起こした企業を徹底的に取材するという役割を演じてきた。その報道機関が自ら起こした不祥事に対して情報提供を怠り、真相解明は第三者機関に丸投げ。その第三者機関も当初は、弁護士会のガイドラインを無視した手前勝手なメンバー構成だった。挙げ句の果てにテレビやカメラでの撮影を禁止するという度し難さ。港社長は会見後に「あの会見は失敗だった、深く反省している」と語ったという。結果が出た後の反省なら誰でもできる。というわけで本日の午後4時から2回目の会見を行う。今度は制限なしのオープンな会見だ。結構なことだが、問題は中身だ。
会見を信頼回復に向けた一里塚とするために必要な最低条件は、港社長以下フジテレビの取締役全員の辞任だろう。前回の会見は取締役会の議決を経たものではないと見る。だからと言って取締役に責任がないわけではない。上場企業の取締役にはコーポレートガバナンス・コードが賦課されている。ひと言で言えば企業を経営する取締役に課される行動指針だ。株主をはじめ従業員や顧客、取引先、債権者、債務者、視聴者など企業に関わるすべての関係者を保護するための行動指針と言い換えてもいい。上場企業の社会的責任を明記したものだ。これ無視したからといって罰則があるわけではない。それが逆に遵法精神を高めている。そのなかに情報公開に関する責務がある。「上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである」と記されている。
フジテレビの瑕疵は、きのうきょう出来上がったものではない。常日頃から守るべき、あるいは実施すべきき課題を無視し続けてきたことによる欠落なのだ。それを象徴したのが前回の記者会見だった。コーポレートガバナンスに無頓着、特定の人が世間の常識も知らずに勝手に運営してきた会社、それが図らずも露呈した。その原因は自らを“特権”と思い込む閉ざされた精神性だ。中居氏が自分自身をタレントとして特権階級と誤認したことに通じている。もう1人、筋違いの特権者がいる。日枝久元会長・社長、現在はホールディングとフジテレビの取締役だ。代表権を持たないにも関わらず、実質的にフジ・サンケイグループを牛耳っていると言われる。法的な権限がない人が、グループを実質的に支配している。いわゆる実権者だ。これこそがガバナンスコードの逸脱だ。これでは正常な企業経営などできるわけがない。欧米なら上場廃止対象だ。本日の会見のキーパーソンは日枝氏だろう。