備蓄米30万トンの店頭販売が31日にスタートした。この日の夜、7時のNHKニュースを見た。大田区にあるイトーヨーカ堂に並ぶ長蛇の列。この列を見て愕然とした。驚愕の光景だ。例えは悪いと承知しているが、あえて言う。ガザで食糧配布に並ぶパレスチナ人を思わず連想した。ガザに暮らす人々と同じように、日本の国民も苦しんでいる。アナウンサーの説明が続く。「価格は5キロ税込み2160円で、ひと家族1点の購入制限が設けられましたが、用意された500袋は午前10時の開店からおよそ30分で売り切れました」。これは日本政治に対する“怒り”だ。この光景を見て何を思うのか。時の人・小泉氏にあえてぶつけたくなった。石破総理にも農水官僚、JA全農など農政を主導する“為政者”全員に同じ質問をぶつけてみたい。7時のトップニュースに映し出された光景は、政治のとんでもない「劣化」を象徴としているとしか言いようがない。
江藤前農林大臣の失言が改めて蘇る。「家には売るほどコメがある」。前大臣だけではない。権力に胡座をかいてきた自公連立政権。それを支え、支持してきた政治家、農林省、農業関連団体、農政を預かる支配者たち。これは彼らに共通した認識だろう。全農系流通業者の倉庫には、大量のコメが残っているはずだ。ハマスもネタニヤフもすでに統治者としての体をなしていない。価格が安ければいいということではないが、日本政府も同列に見える。問題はコメだけではない。八方塞がりで出口が見えない日本経済。それを取り巻く多くの問題が同じ構造の上にあるのだ。日経新聞(Web版)に次の記事(6月1日付)が掲載されている。「日本の国家予算30年で1.8倍、成長力は10分の1以下に ばらまき頼み限界」。記事中に次の記述がある。「1990年度に60兆円台だった一般会計予算は今や110兆円を超える。財政拡張は日本の底上げにつながっていない。この間に経済の地力を示す潜在成長率は3.7%から0.3%に落ち込んだ」。
大金持ち主体の個人金融資産は2200兆円超、大会社中心の企業内部留保は600兆円を超えている。これに対して家計は慢性的な赤字だ。国民負担率はこの30年間で10%程度上昇している。減税政策を打ち出す野党には財源の提示を求め、年金改革に伴う財源提示(最低2兆円)は先送り。野田・立民代表は「財源は後で考えればいい」と嘯く。為政者としては与党も野党第1党も恐ろしいほど無能だ。これをDSの官僚群や関連団体が支えている。いや主導しているのだ。日経新聞の論調にすべて賛同するわけではないが、次のような一節を読むと「なるほど」と納得してしまう。米国の圧力を背景に「90年にまとめた公共投資基本計画は10年間で430兆円という巨額の目標を掲げた。成長投資に背を向け、建設業界などへの旧来型のばらまきに走るようになった」。いままたトランプ関税の圧力に喘いでいる。いつか来た道。備蓄米の価格は下がっても財政悪化も日本経済の凋落も止まらない。為政者の尻拭いをするのは、いつも庶民。たまらんぜ!
