▽公的年金でCIO新設相次ぐ、GPIF出身者の起用も-進む運用改革

佐野七緒

  • 債券8割で株や外国証券は外部委託の共済、偏った資産構成に変化も
  • 運用力向上への意識と評価、収益積み上げへ手腕試される-専門家

公的年金や共済組合などアセットオーナーの間で最高投資責任者(CIO)に相当するポストの設置が相次いでいる。専門人材の不在で硬直化しがちだった運用の改善を促し、個々の基金の運用成果に格差が生まれる可能性もある。

  独立行政法人の中小企業基盤整備機構は4月に「運用担当責任者」を新設した。初代責任者に世界最大規模の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)で基本ポートフォリオ策定に携わった経験のある山下隆氏を起用した。山下氏は約12兆円に上る資金を運用する小規模企業共済を担当する。

  運用資産約10兆円の国家公務員共済組合連合会(KKR)も、新年度入りに合わせCIO職を新設。約36兆円を抱える地方公務員共済組合連合会(地共連)も同じタイミングで、投資統括部長のほか、運用部門から独立した運用リスク管理監の2つのポストを新たに設置した。

  これまで公的年金などの運用責任者は運用経験がなくても組織の幹部が務めるケースがあった。資産運用立国を掲げる政府は昨年8月、運用高度化やリスク管理の強化に向け、アセットオーナーが投資の際に重視すべき原則(プリンシプル)を策定。受け入れ表明や運用責任者への経験者起用を促していた。

  年金基金などには安定的な年金給付につながる資金の運用が求められている。日本の追加利上げ時期やトランプ米政権の関税政策を巡り金融市場が揺れ動く中、運用の質を高めることの重要性は増している。米欧などでは日本に先行し、CIO職の設置が進んでいる。

基本ポートフォリオ

  GPIF出身の山下氏をCIOに据えた小規模企業共済の基本ポートフォリオは8割をほぼ債券で自家運用、残る2割は内外の株式や債券で外部に運用委託している。今後は山下氏を中心に、基本ポートフォリオの見直しも含め、運用の方向性を決めていく方針だ。2023年度までの10年間の平均収益率は約2%だった。

  東洋大学の野崎浩成教授は、CIO職設置の動きについて「運用力向上への意識」の表れだと評価。投資戦略の策定や執行、委託先選択などで「広範な責任と権限が具備されれば運用の高度化」が期待できるとみている。

  運用資産約259兆円を抱えるGPIFも10年3月期の基本ポートフォリオは国内債券が67%と大半を占めていたが、15年のCIO設置を経て運用の多様化などを進めてきた。年金資金運用基金時代も含め、02年3月期から24年10-12月期までの累積収益額は164兆円を超え、収益率は年率4.4%となっている。

  KKRや地共連など一部の公的アセットオーナーはGPIFとモデルポートフォリオを共同で策定。国内外の株式と債券にそれぞれ25%ずつとしている。今後はリスク管理を徹底しながら、より高い運用収益の確保を目指し、CIOの手腕が問われることになる。

問われる手腕

  KKRのCIOに就任したのは、資金運用部長を務めていた小西昭博氏だ。同氏はDBJアセットマネジメントなどを経て21年7月からKKRで積立金運用の実務を担ってきた。KKRではCIOとして運用実務のほか、委託先の運用会社や証券会社など市場関係者との窓口役も担う。

  地共連のCIOには20年から総括投資専門員として市場見通しの作成やポートフォリオ管理を担ってきた森下達也氏が就いた。同氏は1986年から旧三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)で資産運用関連業務などに携わっていた。

  ニッセイ基礎研究所の梅内俊樹・企業年金調査室長はCIO職を置いたアセットオーナーについて、「基本ポートフォリオに沿った運用という制約はある」としながらも、「許容範囲内での機動的な運用の巧拙により、中長期的には収益の積み上げに差が生じる」とみている。

  日本銀行の資金循環統計によると、24年12月末時点の公的・民間年金の資産規模は計513兆円に上る。巨額資金を運用する年金基金だが、CIO職を設置したのは今のところGPIFやKKRといった公的な主体が中心だ。

  内閣官房によると5月末時点で、公的年金や共済組合などの14法人、企業年金では140法人がプリンシプルの受け入れを表明。個別の原則に準拠しない場合は、その説明を求められる。今後はCIO職の外部委託も含め、運用の専門性を高める動きが企業年金などにも広がるかが焦点となる。

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