日本の主要メディアが横並びであることは今さらいうまでもない。そこで外国のメディアを代表してロイターから、日銀審議委員の指名に関する記事を引用してみる。書き出しは次の通りだ。「[東京 25日 ロイター] – 政府は25日、日銀審議委員に浅田統一郎・中央大学名誉教授と佐藤綾野・青山学院大学法学部教授を起用する人事案を衆参両院に提示した。高市早苗首相の意向が色濃く反映された人事案で、両氏とも「リフレ派」との受け止めが目立つ。強い経済実現と物価安定の両立をどう目指すかが今後、焦点となる」。高市総理の尊敬する政治家は故・安倍晋三である。デフレ脱却に向けてアベノミクスを展開した。その評価は功罪相半ばといったところだが、個人的には失敗だったと以前からこの欄で書いてきた。そのアベノミクスを支えたのがリフレ派である。植田日銀総裁は「金利のある世界」を目指している。新たな審議委員をリフレ派から起用するのは政策金利引き上げへの警鐘だと、国内外のメディアは捉えているようだ。
確かに安倍元首相が起用した黒田・前日銀総裁の異次元緩和は異常だった。金利をゼロにすれば景気は良くなるとの見通しは完全に的外れだった。これを支えたリフレ派も安倍政権の終焉とともに影が薄くなったような気がする。そのリフレ派が安倍後継ともいいうべき高市政権の登場によって再び表舞台に姿を現してきた。国内外のメディアが声を揃えてリフレ派と強調するのも、印象操作として見れば効果的かもしれない。だがおそらくそんなに単純ではないだろう。高市政権の経済ブレーンにはリフレ派が多い。若田部早大教授や経済学者の原田氏など、リフレ派を代表する人たちが名を連ねている。この人たちを十把一絡げに金利低下派と括るのは無理がある。リフレ派の中にもマイルドな金利引き上げを容認する人はいっぱいいる。それ以上に日本経済の課題は金利だけではないことを忘れるべきではない。金利以上に重要なのが積極財政だ。リフレ派というよりも積極財政派と括るべきではないか。 考えてみれば日本経済の低迷の原点はバブル崩壊の処理を間違えたことにある。不良債権問題が深刻化したときに公的資金の投入をためらったあげく、金融機関が融資した資金の貸し剥がしに走り、企業は自己防衛のための投資を控えて過剰ともいうべき貯蓄に身を委ねたのだ。デフレ脱却を目指したアベノミクスも、3本の矢のうち注目を集めたのは異次元緩和だけ。企業と個人が過剰貯蓄に走り、投資貯蓄バランスを維持するために国は大量の赤字国債発行で補った。これが日本経済低迷の背景だ。こうなればGDPは伸びず、税収も増えない。少子高齢化で社会保障財源が底をつき、ステルス負担増が始まった。買い控えによる消費の減退、工場の海外移転、金利の低下で通貨価値が上がり円高が進行する。完全な悪循環である。アベノミクスからサナエのミクスに転換してどうなるか。これがいま最大の関心事だろう。新審議委員に問うべきはリフレ派というレッテル貼りではなく、積極財政派か否かだろう。主要メディアのピントはボケている。