880トンの核燃料デブリ回収が焦点。原発退役の世界モデルとなるか
世界最悪レベルの原子力事故から約15年。東日本大震災による巨大津波が襲った東京電力ホールディングス(HD)の福島第一原子力発電所では、世界で最も困難とされる廃炉プロジェクトが次のヤマ場を迎える。成功すれば、老朽原発の退役が共通課題となっている各国の原子力業界にとってモデルケースとなる可能性がある。
日本が選んだ廃炉方法は、1986年に史上最大の原子力事故となったチェルノブイリ原発とは異なる。旧ソ連は原子炉をコンクリートで覆い封じ込めたのに対し、福島第一原発を最終的には完全解体する予定だ。
ただ、その道のりはとてつもなく長い。技術的知識の不足やかさむコスト、再び重大事故を招きかねないとの懸念も足かせとなっている。「廃炉作業は、前例がほとんどない未知の世界」と、東電HD・福島第一廃炉推進カンパニーの佐藤雄一氏は語る。
東電HDは早ければ今夏、一歩を踏み出す。開発した全長22メートルの専用ロボットアームを投入し、放射性物質のサンプル採取に挑む計画だ。福島第一原発では原子炉6基のうち炉心溶融(メルトダウン)に至った3基の底に約880トンの冷え固まった溶融燃料(デブリ)が残されている。

ドローンの搭載カメラが捉えた内部映像とともに、今回得られるデータの分析結果は、2037年以降に予定される本格的なデブリ回収への布石となる。数十兆規模の費用が見込まれる廃炉や除染作業と賠償は、今世紀半ばまで続く長期事業だ。
このプロジェクトは、日本の原子力政策の行方を占う上で無視できない。事故を受けて安全基準の再評価のため国内の全原発は12年までに運転を停止。順次、再稼働が始まっているが、運転再開には安全性に対する国民の信頼回復が欠かせない。廃炉が着実に進められるかは、日本が原発を安全に管理できるかを示す判断材料になる。
同時に、老朽化する原発を安全かつ効率的に退役させる手法の確立は、世界の原子力産業にとっての課題でもある。2024年9月公表の論文によると、世界で運転を終えた200基超の原子炉のうち、出力100メガワット以上で完全に廃炉が完了したのはわずか11基にとどまる。今後20年以内にさらに約200基が運転寿命を迎える見通しだ。
国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長は、「今後、廃炉は大幅に増える」と指摘。「事故後の廃炉は通常とは異なるが、福島第一原発の事例から他国に応用可能な点は多い」との見方を示す。

遅れと負担
現在、原子炉建屋は鋼鉄製の覆いで囲われ、遠目には高層ビルが並んでいるようにも見える。この10年余りは、発電所内の安定化と放射能の封じ込め作業、汚染水の削減が最優先だった。建屋の損傷箇所を補修し、汚染水を浄化・保管する設備を整備。23年には処理水の海洋放出も始まった。地下水の流入を防ぐため、敷地を囲む凍土壁も設置された。

「ここへマスクをせずにこれるようになるとは、考えられなかった。これは大きな変化」と佐藤氏は構内の展望デッキで話した。近くの線量計は、毎時36.8マイクロシーベルトを示していた。事故直後の数年間に比べれば4分の1以下になった。
とはいえ、最大の難題は依然として残る。原子炉内部深くにある高線量の燃料デブリの取り出しだ。12年以降、遠隔操作で内部探査を続けているが、ウラン燃料が鋼材やコンクリートと混ざり合った塊が、圧力容器の底部をどの程度貫通したかなど不明な点は多い。
2024年には伸縮式ロボットを用いて、初めて微量のデブリ採取に成功した。取り出した物質は、多孔質で比較的崩れやすく、ドリルで貫通できない程の硬さではないかとの懸念は和らいだ。

東電HDの廃炉・汚染水対策最高責任者、小野明副社長(福島第一廃炉推進カンパニー・プレジデント)は、事故後は「応急処置の連続」のようだったが、「今かなり落ち着いている」と話す。「計画的に廃炉の作業ができるように、 先を見てやれるようになってきた」という。
最新のロボットアームは、東電が政府機関と共同で開発した。より細かいデータを取得できるデブリのサンプル採取を試みる。

もっとも、これまで設定された期限はたびたび延期されてきた。あらゆる作業は、綿密なシミュレーションと準備を要する。最初の取り出し作業は手順ミスで失敗し、批判を浴びた経験もある。

見えない将来像
核燃料デブリや放射性廃棄物の管理を専門とする福井大学附属国際原子力工学研究所・客員教授の柳原敏氏は、進展はみられるものの福島第一原発が最終的にどのような姿になるのか、将来像にはなお不透明さが残ると指摘。廃炉で生じる放射性廃棄物の最終処分先は決まっていない点などを挙げる。
それでも小野氏は「当然ながら油断してはならない」と前置きした上で、暗闇の中に何があるか分からない状態で手を入れる訳ではなく、「一応ある程度のこと分かっている」と説明。不安という感情はなく、継続的な調査が前進につながるはずだとした。
福島の廃炉は、日本のみならず世界の原子力政策の将来を占う試金石でもある。長い道のりは、なお続く。
原題:Japan’s Fukushima Clean-Up Offers a Blueprint for Nuclear Recovery