カギ握る大国の力学を読み解く。想定される三つの戦後シナリオとは
複雑な中東情勢のカギを握る人物の一人に、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子がいる。果たしてムハンマド皇太子は、今回のイランでの戦争をどのように見ているのだろうか。
それを知るために、一人の中東政治の専門家に話を聞いた。
米プリンストン大学のバーナード・ハイケル教授。歴史や宗教、社会変化を長期的視点で捉えることで知られ、ムハンマド皇太子と定期的に連絡を取り合っているほか、レバノン生まれで中東地域と個人的なつながりもある。
イランの思惑、体制崩壊のリスクは。そしてサウジアラビアがトランプ米大統領に何を伝え、どう向き合ってきたのか-。
──米国とイスラエルによるイラン攻撃開始を受け、最初に頭をよぎったことは何ですか?
この攻撃自体には驚きませんでした。驚いたのは、イランが米国と交渉中だったのにもかかわらず、これほど早期に実施された点です。
サウジ皇太子など湾岸諸国の指導者の間では、イスラエルは遅かれ早かれ攻撃すると言われていました。昨年6月にイスラエルはイランの防空網の大半を無力化していました。今回は、体制そのものを本当に破壊し、打ち倒して政権を転覆させる機会だったのです。
タイミングは本当に驚きでした。米国が全面的に関与した点も驚きです。私の見立てでは、攻撃を決めたのは主としてイスラエルだったと考えているからです。
──影響が他国にこれほど速く広がったことには驚きましたか?
(唯一の驚きは)イランが自らの体制存亡の危機にあると受け止めたことです。これまでイランはアラブ諸国の指導者に対し、存亡が脅かされれば広範に攻撃し、石油やガスの輸送を妨害すると伝えてきました。
イラン国内では、昨年6月の12日間戦争におけるイスラエルからの攻撃で、長距離弾道ミサイルがかなり深刻に破壊されました。しかし、イランは短距離ミサイルと無人機(ドローン)をはるかに多く保有しており、それらは損傷を受けていません。そのためUAEやバーレーン、クウェート、カタール、サウジに向けて、これほど多くのミサイルが飛んでいるのです。
──この状況をどう捉えているのですか?
中東は二つのグループ、二つのイデオロギー、二つの世界の見方に分かれているとみています。
現状維持勢力は、基本的に自国の発展を望んでいます。経済的に前進するために平和と安定を欲しており、サウジ、エジプト、ヨルダン、UAEが含まれます。スーダンやイエメンで彼らがやっていることは別として、です。
もう一方は修正主義勢力で、中東の地図を書き換え、力関係を変えることを望んでいます。驚くことに、こちらにはイランとイスラエル右派の双方が含まれます。
イランはイスラエルが破壊され、米国が軍事的に地域から追い出され、経済的・政治的・文化的影響力も排除されることを望んでいます。イスラエル右派も、自らの政治的アジェンダに従って中東を再編し、再構築したいと考えています。いま目の前で起きているのは、修正主義勢力の一つであるイスラエルが、それを試みている状況です。イラン政権を破壊し、代わりを置くか、混乱をもたらすことを狙っているのです。
これは私にとって大きな恐怖です。9200万人の人口を抱えるイランが崩壊すれば、イラン人と近隣諸国にとって破滅的な状況になり得るからです。
イランの将来、考えられる三つのシナリオ
──イランの今後はどうなると見ていますか?
可能性は三つあると思います。
一つ目はイランの体制がそのまま生き残り、修正主義勢力としての決意をさらに固めること。
二つ目はベネズエラ型の解決。体制は残るが、革命的ではない新指導部となり、トランプ政権と取引する意思を持つというものです。体制は同じですが、改革される。
三つ目は体制の崩壊。その場合、内戦になり得えます。イランは民族的にペルシャ系が約50%にすぎません。バルーチ系、クルド系、アゼルバイジャン系、アラブ系など他の民族が、外部勢力によって武装化する可能性があります。そうなれば、中央政府は非常に混乱し弱体化するでしょう。これはイランおよび地域にとって災厄です。イランは国民が非常に有能で、石油やガスなどの資源も豊富。イランでリビア型の戦争を見ることになれば壊滅的となります。
──最も可能性が高いシナリオは?
体制の生き残りです。非常に強靱な体制であり、国民の少なくとも20%が支持しています。権力維持のためなら殺すこともいとわない。1月に起きたデモへの対応でそれが明確になりました。
体制はイラン社会に深く根付いています。率直に言えば問題は多いが、医療や教育、基礎インフラといった基本的なサービスを提供してきた。
だから、それが消えるとは思いません。米国はベネズエラ型の改革体制を望み、イスラエルはおそらくイランの混乱を望むでしょう。
──一つ目のシナリオとなった場合、今回の戦争は何のためだったのかと、いずれ問われる時が来るのではないでしょうか?
トランプ政権は戦後のシナリオをまったく考え抜いていないと思います。
最高指導者ハメネイ師の殺害が非常に迅速かつ容易に達成され、その結果として体制が直ちにベネズエラ型の和解に向かう、と考えていたのでしょう。だがトランプ氏自身、ハメネイ師を殺害した初動の攻撃があまりに成功したため、体制を引き継いで和解すると米国が期待していた指導者候補数人を排除してしまった、と述べている。まったく考え抜かれていない戦争です。
私が恐れていることは、イランの体制が湾岸で巨大な混乱を引き起こす能力をまだ持っていることです。ホルムズ海峡の事実上の封鎖がそれを示しています。誰もそこを通る船に保険をかけない。ホルムズ海峡は世界の石油の約20%と、世界のガスの大半が通過する。戦争が終わらなければ大混乱に陥るでしょう。

サウジ皇太子から直接聞いた言葉は
──サウジ皇太子についてもお聞きしたい。皇太子がイラン攻撃を支持したとの報道についてどう見ていますか?
この問題について過去2-3年にわたり、ムハンマド皇太子と具体的に話しましたが、彼はイランとの戦争を望まないと、非常に明確かつ断固として述べていました。イスラエルによるイラン攻撃も望んでおらず、イランとの緊張緩和を図ってきたのです。
皇太子は、イランが短距離ミサイルを有し、石油施設や海水淡水化プラント、発電所、通信システムなど重要施設に甚大な被害を与え得ると理解しています。そしてイランによるサウジへの攻撃を有効に防ぐ手段は彼にはありません。
そのため皇太子はイランの行動を警戒し不安を抱いており、戦争を望みませんでした。皇太子がイラン攻撃を支持したという米紙ワシントン・ポスト(WP)の記事は事実ではありません。
──それは確かですか?
皇太子がトランプ氏に複数回電話し、攻撃しないよう求めた。それが真実です。
とはいえ、もしイランがサウジを攻撃してくれば、自衛しイランへの攻撃を開始せざるを得ないとも警告していました。まさにそれが起きそうです。サウジ空軍が米・イスラエルの側で、この戦争に関与していくのを目の当たりにするでしょう。
皇太子は国家主義者であり、国を防衛できるのだと自国民に示さねばならない。攻撃は民間目標や産業目標に及んでいる。抑止力を再確立する必要があるのです。
──それは、戦争の拡大を招いてしまいます。
そうです。イランが攻撃を止めず、戦争が続けば、湾岸諸国は自衛に動くでしょう。
リヤドのような都市は人口700万-800万人で、淡水化に大きく依存しています。その施設が損傷すれば水がなくなり、避難が必要になります。これはサウジにとって存亡の危機で、だからこそ皇太子はこの戦争に反対していたのです。

──サウジはイランの弱体化を望まないのでしょうか?
皇太子はイラン体制を好んでいない。しかし最大の懸念はイランの弱体化ではなく、イランが崩壊して混乱し内戦になることです。
この点でサウジとイスラエルは根本的に異なります。米国もイスラエルよりサウジに近い部分があると思っています。
サウジにとってイランは隣国です。混乱はサウジに波及する。対してイスラエルはイランから1000キロ離れており、イランで何が起きても気にしない。皇太子はいまトランプ氏に、イランの壊滅は望まないと伝えているはずです。
──それでもトランプ氏の参戦を抑止できなかった。
イスラエルのネタニヤフ首相がトランプ氏を説得し、この戦争を米国が遂行すべきだと納得させたのは事実です。皇太子はそれを覆せなかったのです。

──ムハンマド皇太子はトランプ氏をどう見ているのでしょうか?
かなり率直に言わせてもらえれば、皇太子ではないが、サウジに広い人脈を持つ有力者が私にこう言ったことがあります。
「米国人がホワイトハウスにサルのような人物を選んだとしても、われわれはその人物に好意的にならなければならない」と。どのサウジ指導者でも米大統領とは良好な関係を築かなければならないという見方です。
そのため、在サウジ米大使は大統領の個人的友人で、電話一本で直接話せる人物であるべきだと、彼らは主張してきたのです。サウジは安全保障で米国に依存し、投資先は米国で、文化も米国志向となっています。
バイデン前大統領の頃は、サウジと非常に強い制度的な結びつきが生まれていました。皇太子も、それを大いに評価していたと思います。
トランプ氏との関係はより個人的で、より取引的で、はるかに予測しにくいものです。皇太子がどれほどトランプ氏を好んでいたとしても、こうした関係性をサウジの指導者が歓迎するとは思えません。
カリスマ性があるテクノ未来主義者
──皇太子と知り合うにつれて最も驚いたことは?
彼は40歳とかなり若いが、非常にカリスマ的です。すぐに相手に好かれようとし、驚くほど知識がある。話すと情報とデータを浴びせるように提示してきます。
テクノ未来主義者でもあります。その点でイーロン・マスク氏に少し似ていて、非現実的に感じる部分もある。しかし国内政治と地域政治への知識は群を抜いています。
米国人を扱う能力もとても印象的です。逸話を一つ紹介しましょう。
共和党と民主党の米国代表団が面会を望んで訪問したときのことです。民主党のメンバーは入室前に、皇太子とは一緒に写真を撮りたがらなかった。共和党のメンバーは喜んで自撮りしていた。しかし、会談が終わる頃には、民主党も共和党も全員が彼と写真を撮りたがるようになったのです。人を引きつけ、好意を抱かせる力があります。
──サウジ王室を批判していたジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害された直後だったから、民主党側は撮影を望まなかったはず。皇太子は反対意見を許容できない面があるのでは?
そうです。彼は権威主義者で、権威主義者であることを隠していません。すべての権威主義者と同じように、彼は、国内で進めている大規模な変革のためには秩序と安定が必要で、反対意見には非常に厳しくしなければならなかった、と言うでしょう。
とはいえ、皇太子はブランドを非常に意識しています。観光客と海外直接投資を呼び込むためにも、国の評判を良くしたい。人権状況の悪さは、ビジネスに悪影響だと理解している。国の評判のその側面を改善したいのです。
──中東地域の次の展開に不安はありますか?
基本的に中東には、イランを例外として米国の同盟国が複数あります。米国は中心的役割を果たし、トルコ、イスラエル、サウジ、エジプトなど、多くの違いがある国々が互いに折り合うよう圧力をかける必要があります。
将来にとっては、イランがどうなるかが重要です。例えば、イランに革命色が薄い改革体制ができたとしましょう。その場合、米国が協議を促し、地域諸国がより良く協力できる機会が生まれます。
しかしそのためには、米国がイスラエルにパレスチナ問題の解決を迫る必要がある。サウジとUAEの緊張が悪化しないようにする必要もある。イスラム主義を通じたトルコの拡張も抑え込む必要がある。
米国は調停者として鍵となる役割を担うことになります。もしそれを果たさなければ、恒常的な緊張、大きな不安定、急進化が続く。最も重要なのがパレスチナ問題です。
(このインタビューはポッドキャスト「The Mishal Husain Show」で聴くことができます。以下の記事では、一部を編集して翻訳しています)
