世界中が注目したトランプ大統領の国民向け演説は、事前の期待感を裏切り、国内外に蠢いていた政権への絶望的落胆を加速した。イラン戦争の停戦どころではない。トランプ政権の先行きを危うくするほどの内容だった。秋に予定されている中間選挙までに共和党が巻き返すのは並大抵のことではないだろう。それ以上にトランプ政権内部の混乱を浮き彫りにした。トランプ氏は焦り、迷い、混乱している。それを糺す側近がいない現実。政権幹部は大統領への忖度に明け暮れている。そう見えてしまう。イランも強硬派と穏健派が内部で対立しているのだろう。だが、そんな実態よりも「戦争終結の意思あり」と公言したり、「米大統領のばかげた言動」と侮蔑したり、混乱を増長するような情報戦略にトランプ政権が放浪されているように見える。トランプ大統領の演説には新鮮味ががまるでなかった。ただ一つ明らかになったのはこれから2〜3週間、米軍がイランを徹底的に攻撃するという事実と、NATO脱退に向けた検討が正式に始まったということだけだ。
演説直後にロイターが配信した記事のリードは次のような内容だ。「トランプ米大統領は1日夜、国民向けの演説を行い、イランとの戦争における『中核的な戦略目標』がほぼ達成されつつあるとの考えを示した。今後2─3週間で極めて厳しい攻撃を加えるとも述べた」。さらに続く、「イランの海軍と空軍を壊滅させ、弾道ミサイル・核開発計画を無力化したと主張した」。これまで執務室で記者団にリークした情報の完全な焼き写しに過ぎない。ちなみにBloombergは演説終了直後に「トランプ大統領の演説は約20分で終了しました」と速報している。世界中を落胆させたこの演説、どうして事前に大々的にセットされたのか。ホワイトハいすのレビット報道官が発表したものだと思うが、国民向け演説という極めて重要なイベントも、行き当たりばったりの感が否めない。要は戦争を遂行するにしても撤退するにしても、政権内部には統一された戦略も戦術もまるでないということだろう。
で、この先、この戦争はどうなるのだろうか。原油価格は、物価は、経済は。世界中を覆っていた不透明感は一段と濃くなった。NATO脱退はどうなるのか。TACO の復活で米欧の同盟関係はいずれ元の鞘に収まるのだろうか。仮に離脱ということになれば世界中の安全保障体系に影響が及ぶ。日米同盟も例外ではないだろう。弱体化しているとはいえ中国、ロシア、北朝鮮はどう動くのか。中間選挙はいうに及ばず、3年後の大統領選挙の行方も気になる。共和党に対する信頼感は急坂を転げ落ちるように下落するだろうが、これに変わるべき民主党に次の時代を担う理念はあるのだろうか。あるとすればそれを象徴する人物は誰か。トランプ演説はイラン戦争だけでなく、世界の力関係に重大な影響を及ぼす気がする。戦争は始めるよりも終わらせるほうが難しい。その道筋を示すべき演説で、トランプ大統領は大失態を演じてしまった。プーチンと同じ道を辿りはじめたようだ。