片沼麻里加、Isabel Reynolds

  • 国民の高い健康意識、積極的なクラスター対策が封じ込めに寄与
  • 第2波へ、引き続き手洗い・マスク着用を-迅速な検査体制も必要

新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言を全面的に解除した日本は、第2波を見据え、安倍晋三首相が提唱する「新たな日常」を模索する段階を迎えた。欧米と比べて感染者や死亡者数を大きく抑えられているが、クラスター(感染者集団)が唐突に発生し、再び感染が急速に拡大する可能性は残る。

  政府の専門家会議は、25日までの緊急事態宣言により、市民や事業者など「オールジャパンの協力」でオーバーシュート(爆発的患者急増)を回避できたとし、国民の高い健康意識や積極的なクラスター対策がウイルスの封じ込めに寄与したと評価する。

Views of Tokyo As Japan Lifts Emergency Nationwide And Seeks to Boost Economy
商店街を歩く買い物客(吉祥寺・26日)Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  尾身茂副座長らはブルームバーグの書面インタビューに対し、第2波の到来が懸念される中、手洗いやマスク着用といった国民一人一人による感染予防策やクラスター対策を続けるとともに、多数の検体を迅速に検査できる体制の整備も必要だと指摘する。

  ブルームバーグの質問と専門家会議からの回答概要は以下の通り。

-感染拡大の防止に寄与したと指摘した「国民の健康意識の高さ」とは具体的にどのようなものか

  手洗い習慣を始めとする、公衆衛生意識の高さが挙げられる。また、歴史的な積み重ねにより、感染予防に関する知識が普及していることも健康意識の構成要素と言える。さらに、年明けから春先は特にスギ花粉症の季節であり、多くの市民が花粉アレルギーを持っていることや、インフルエンザ対策もあって、近年の日本社会では、日常的にマスクを着用することに抵抗感がないという社会的な要因もある。

Prime Minister Shinzo Abe News Conference As Japan Lifts State of Emergency in Most Areas
首相官邸で記者会見を行うの尾身氏(14日)Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  「健康意識」の高さは、国民皆保険制度にも支えられている。ただ、これが新型コロナウイルス感染症(COVID19)対策の上では、ネガティブな影響を及ぼしていた可能性も否定できない。日本では「コンビニ診療」、つまり体調が悪ければいつでも気軽に病院に行き、「診断」をもらえるのが普通だった。しかし、コロナ禍の中では、心配な場合でも、すぐに検査診断してもらえるわけではないという状況になったことは、これまでの日常とは大きく異なるため、人々の不安や不満を高めてしまったかもしれない。

-今までに得られた教訓にはどのようなものがあるか

  積極的なクラスター・サーベイランス(調査監視)と対策により、感染リスクが高い状況や場が明確になってきた。基本的な感染対策、例えばマスクの着用、手指衛生、身体的距離の確保、大声での会話を避けることなどが感染防止に有効であることが分かってきた。

-第2波が懸念される中、どのような対策が必要か

  感染が下火になったこと、そして医療関係者が懸命の努力をしたおかげで、患者の受け入れについては今のところ余裕がでてきた。そのことが、緊急事態宣言の解除にもつながったと考えられる。ただし、今後も感染の再燃は十分にあり得るため、クラスター感染などを今まで以上に早期に探知し、感染拡大を防ぐ必要がある。また、なるべく重症化する前に、感染者の診断のためにわが国で開発した迅速抗原検査法をPCR検査法とうまく組み合わせて使用することも大切だ。院内感染・施設内感染を早期に探知し拡大を防止する必要がある。

-ロックダウンや都市封鎖がなかった日本の対応は、海外メディアなどに「甘い」と指摘されたが、今回の日本の対策は「成功」だと評価するか

  今回の緊急事態宣言により、オーバーシュートの軌道に入らずにすみ、医療崩壊寸前までいったが、それを辛くも回避することができた。これは、市民・事業者などオールジャパンの協力のおかげだと思っている。ただし、欧米のロックダウンほどではないにしろ、社会経済活動に相当の犠牲が出てしまった。感染拡大防止と社会経済活動の維持のバランスを取ることがいかに難しいかと言うことを感じている。

-日本がロックダウンせずにある程度ウイルスが制御できたことは、海外でロックダウンが必要なかったことを示唆しているか

  日本は法律的に欧米のようなロックダウンを実施する仕組みはない。今までのクラスター対策から得られた知見、すなわち三密の回避が感染拡大防止に重要であること、および数理疫学モデルの推計から8割の接触削減をすればロックダウンなしで感染を収束方向に向けられることを社会に示したところ、多くの市民が協力してくれた。

  われわれ専門家は日本人の皆が協力してくれることに、完全な自信はもちろんなかったが、市民の協力を信頼し、期待したことは確かだ。ただ、感染症対策は、個々の国の医療システムや対応状況、対策上の法制度によっても異なるし、対策を始めるタイミングにもよるので一概には言えないと考えている。

-第2波のリスクをどのように見ているか

  この感染症の特徴を考えれば、徐々に感染が拡大すると言うよりは、突如クラスター感染が表面化するという可能性も否定できない。従って、個々の感染例を捕まえることだけでなく、同時にクラスター感染をなるべく早期に探知することが重要と考えている。

-現時点のPCR検査の数は足りているか。感染実態を把握するためには、PCRや抗体検査などを含めて、どれくらいの検査が必要だと考えているか。抗体検査の質に疑問の声もあるが、どのように分析に活用する予定か

  PCR検査については二つの側面から考える必要がある。一つ目は、そもそも日本の政策の基本は医師が判断し必要と認められた患者には迅速に検査することだが、3月中旬頃からの新規感染者の増加にともない、一般市民に必要な検査ができなくなってきた。その理由としては感染拡大の速度にPCR検査の拡大が追いつかなかったことが挙げられる。

  一方、検査体制全般を公衆衛生学的な観点から俯瞰(ふかん)すれば、検査の絶対数は圧倒的に諸外国に比べ少ないが、例えば報告された死亡者数当たりの検査数は日本の方が多くなっている。さらに東京都の検査陽性率をみれば、一時期は30%を超えていたが、最近は1%以下となっている。日本全国でみても、1%以下となっており、現在のところ諸外国と比べても低く、検査体制は合理的と考えられる。

  現時点では、抗体検査の精度、特に感度と特異度は十分に定まっていない。これまで、感染実態を大きく見誤ることはなかったと考えているが、根底にある市民の不安に応えられるよう、より迅速で多数の検体を抗体検査できる体制を整備していくとともに、市民の声を聞く体制の整備も重要だと考えている。