フロイドの殺害現場で、ろうそくを手にたたずむ人(ミネソタ州ミネアポリス、6月3日) LUCUS JACKSON-REUTERS
<丸腰の黒人が白人警官に窒息死させられた事件。パックンがマジメに、デモがこれほどまでに拡大した理由を解説する。黒人たちの苦境、燃え上がる暴動、火に油を注ぐ大統領――これが今のアメリカだ>
暴動だ。黒人の間で警察に対する怒りが爆発し、アメリカの街が燃えている──。
では、これは「いつの話」なのでしょうか。2014年に、ミズーリ州セントルイスで丸腰の黒人男性が警官に射殺されたとき? 2001年に、オハイオ州シンシナティで丸腰の黒人男性が警官に射殺されたとき? 1992年に、カリフォルニア州ロサンゼルスで丸腰の黒人男性が警官に半殺しにされたとき? 1979年に、フロリダ州マイアミで丸腰の黒人男性が警官に殺されたとき?
「2020年5月に、ミネソタ州ミネアポリスで丸腰の黒人男性が警官に殺されたとき」と答えた人、正解! いや、残酷な事件や被害を広げるような暴動はいつ、どこで起きたって、警察の行動としても、抗議の仕方としても、どうみても不正解だろう……。
前述の例は、黒人に対する警察の暴力と、そこから生まれた暴動のほんの一部にすぎない。しかも暴動が起きなかった同種の事件の数は、その何千倍にも及ぶ。2015年の1年間だけで丸腰の黒人が100人以上、警官に殺された。平均で週2回の頻度、近所の八百屋が特売品を出すペースで、丸腰の黒人が警官に殺害されている。
「丸腰」と限定しなければ、その数字はもっと上がる。黒人男性が警官に殺される割合は1000人に1人で、25~29歳の黒人男性の死因ランキングでは、これが6位に入っている! 中には警官の正当防衛もあるが、そうでないケースも多い。だが、黒人を殺した場合、警官への罰則はほとんどない。2015年の100件以上の丸腰黒人殺害に関わった警官の中で、有罪判決を受けたのはたったの5人。
でも今回爆発した国民の怒りは、こういった殺害事件だけから生まれたものではない。警察の差別的な行動は毎日のように起きているのだ。代表的なのは職務質問。車社会のアメリカだと、車を止めて、運転手と車の中を調べるtraffic stop(車両停止)の形が一般的だが、白人のほうが運転することが多いのに、黒人のほうが倍ぐらいの確率で警察に止められる。
止められた後、身体や車中を捜索される確率は白人の4倍。「黒人のほうが禁止物を持っていることが多いからでは?」との疑問が浮かぶ人もいるだろうが、実際に捜索された場合、白人のほうがより高い割合で、麻薬など法に触れるモノを保持している。まず白人を疑え! と、僕からは言いづらいけど。
抗議デモは全米に広がった(カリフォルニア州ロサンゼルス) PATRICK T. FALLON-REUTERS
警察が肌の色だけで疑うことはracial profiling( 犯人の特徴を「人種的に」推論すること)という、法律でも禁じられている間違った取り締まり方。だが問題視されてから何年たっても、これはなくならない。同じような軽犯罪で通報された場合、黒人は白人の倍ぐらいの確率で逮捕される。使用率はあまり変わらないのに、マリフアナ保持容疑で逮捕される確率は黒人が白人より約4倍高い。黒人は白人の約5倍の率で麻薬関係の犯罪で投獄される。しかも、それが「冤罪」である割合が白人のおよそ12倍!
デモ拡大の4つの要因
殺人の冤罪も7倍多い。イメージが先行することは実害にもつながっているのだ。大阪人は「みんな面白い」と思われるのもつらいと聞くけど、「みんな犯罪者」と思われるほうがよっぽど怖い。
職務質問、逮捕、投獄、殺害。普段からそんなことをされている黒人たちは、警察や司法制度に対する怒りが常に沸点間際に来ていてもおかしくない。だが、今回のような規模の爆発は珍しい。
抗議デモは全国600以上の都市で行われている。事件を起こした4人の警察官が全員逮捕、訴追されても反発は収まらない。(新型コロナウイルス対策の外出制限が解けたばかりなのに)外出制限が発令されても、1万1000人以上が逮捕されても、警察や参加者を含め18人が死亡しても、各地のデモは続く。ごく一部の人による略奪や放火を伴う暴動ももちろん起きている。なぜこんなことに?
要因は主に4つ考えられる。1つは、事件自体のむごさ(暴力描写をします。気になる方は以下の2段落は飛ばしてください)。ジョージ・フロイド(46)が食料品店で20ドルの偽札を使おうとしていると疑った店員が、警察に通報。4人の警官が現場に駆け付け、フロイドを乗っていた車の運転席から引きずり降ろし、後ろ手に手錠を掛けてパトカーに乗せようとした。しかし後部座席に1回乗せてから、なぜか反対側のドアからまた引きずり降ろす。その後、白人の警官1人が路上にうつぶせになったフロイドの首の上に膝を乗せ、全体重をかけて地面に押さえ付ける。
フロイドは最初、「お願い! 息ができない!」と苦しんでいたが、数分たつと全く動かなくなる。通行人が「動いていない!」と注意しても、脈拍がなくなっても、救急隊員が来ても、9分近い間、警官はずっとフロイドの首に乗ったままで窒息死させたとみられる。
実に残忍な事件の一部始終を通行人が携帯電話で撮影し、フェイスブックに動画をアップした。これが2つ目の要因。証拠映像がはっきりしていて、一気にSNSで広がった。
首都ワシントンには米軍を配備 JOSHUA ROBERTS-REUTERS
動画を見た人が動きだしたのは、警察への慢性的で普遍的な不満があったからだけではない。今年2月にジョージア州で白人の元警官がジョギング中の黒人男性を車で追い掛け、射殺。3月にはケンタッキー州で、黒人女性が自宅で寝ているところに警官が玄関ドアを破壊して侵入し、射殺──などと、同種の事件が最近相次いでいた。怒りがちょうど高まっていたときに事件が起きた。このタイミングが、3つ目の要因。
差別主義者のセリフで
タイミングとしては、新型コロナ危機と重なったのも大きい。単純に、感染症への不安や巣ごもり生活の疲れの影響もある。4000万人もの新規失業者がいて、デモに参加する時間的余裕のある人が増えたこともある。
だが、それだけではない。昔から黒人の失業率は白人の倍ぐらいで、貧困率も倍以上。白人家庭に比べて、黒人家庭の平均資産額は10分の1ほどだ。サービス業や肉体労働など、テレワークが不可能な仕事に従事する黒人の割合は高く、外出制限が発令されたときに解雇されても「つなぎ」の貯金がない人が非常に多い。
さらに、黒人は交通関連やゴミ収集など感染拡大・外出制限中にも休むことができない「必要不可欠な部門」に従事している割合が白人より高い。特に、医療や介護に従事している割合は50%も高い。その分、感染する確率も高い。しかし、白人に比べて保険加入率が低く、受けられる医療の質が劣る傾向にある。故に、感染した場合の結果もひどくなる。黒人のコロナによる死亡率は白人の2.4倍だ。実は、フロイドもコロナに感染していたことが解剖で分かった。死因はコロナウイルスではなく警官の膝だが。
最後の要因は現職の大統領。ドナルド・トランプはオバマ政権が始めた警察の監視制度や黒人コミュニティーとの関係改善策を廃止したり、コロナ対策を怠ったりして、3つ目の要因に間接的に関わっているのは確か。だが、それよりも事件後の対応がさらに状況を悪化させたと思われる。
トランプも最初は「悲劇的な事件」への捜査を呼び掛けたり、遺族へ理解を示したりしていたが、すぐ強硬姿勢に転じた。まず「When the looting starts, the shooting starts. (略奪が始まると銃撃も始まる)」とツイートした。韻を踏んだキャッチーな表現だが、トランプのオリジナルではない。これは1960年代に、マイアミで暴力的な手段をもって公民権運動に対応した、悪名高い保安官の口癖だった。大統領が「撃つぞ」と威嚇した上で、差別主義者のセリフをパクってもいるのだ。
聖書を手に写真撮影するトランプ TOM BRENNER-REUTERS
同様に、ホワイトハウスでの会見でトランプは「法と秩序の大統領だ」と自ら名乗ったが、「法と秩序」も黒人にとっては嫌な歴史を持つ。
この表現は1960年代の公民権運動中にリチャード・ニクソン大統領が、1980年代の麻薬戦争中にロナルド・レーガン大統領が用いたもの。どちらも黒人を厳しく取り締まることを意味し、そこから生まれた司法制度の「強化」が前述の逮捕率や投獄率などに見られる人種間の「司法格差」を著しく助長したと言われている。
トランプが芸能界の先輩レーガンと弾劾騒動の先輩ニクソンにあやかりたいのは分かるが、黒人と警察の関係改善を目指すときには絶対に使ってはいけない表現だ。
「秩序」を取り戻すために、トランプは「何千人もの重武装した兵士や軍人、警官を派遣する」と、米軍を投入する意向を示した。自国軍の銃口を国民に向けさせるのは、極めて異例なこと。これは抗議デモの参加者だけではなく、軍関係者からも反発を呼んだ。
国防長官も反対意見を示し、元統合参謀本部議長は「アメリカは戦場ではない。国民は敵ではない」とツイートした。そのとおりだが、「法に従う全市民の権利を守る」という大統領のミッションに賛同する人もいる。ちなみに、守りたい「権利」としてトランプが挙げたのは、今回のデモに全く関係ない「憲法修正第2条の権利」、つまり銃を持つ権利のみ。
国民を分断させ再選?
今こそ最も重要とされる、言論の自由、平穏に集会する権利や政府に請願する権利を保障する修正第1条には、トランプは言及しなかった。「平穏にデモをする人の味方だ」と言い張ったが、その直後、ホワイトハウスの目の前の広場で平穏にデモをしていた人々に催涙ガスを打ち込み、退散してもらった。なぜならトランプは広場を渡り、近くの教会に行きたかったからだ。
まあ、こんなときは誰もが祈りたくなる。しかし、トランプの目的は平和祈願ではなく……写真撮影。手に聖書を持ち、教会の前に立っただけ。記者に「それはあなたの聖書?」と聞かれたトランプは「これは聖書だ」と、「ジス・イズ・ア・ペン」方式で、事の無意味さを表した。
銃好き、軍好き、聖書好きな大統領のパフォーマンスに喜ぶ国民は何人かいるかもしれないが、必死に司法制度の改善を呼び掛ける国民も、必死に街を守ろうとする地方政府も、必死に平和を取り戻そうとする双方の交渉人もさらに怒っているはず。リーダーがいないままでは融和も結束もできそうにないが、それもトランプの狙いかもしれない。
ジェームズ・マティス前国防長官はアトランティック誌への寄稿で、トランプは「国民を団結させようとしない。そんなふりさえしない。むしろ私たちを分断させようとしている」と抗議をつづった。トランプは前回の大統領選で国民を分断させて当選した。今回も一部の国民だけの支持を固め、再選につなげようとしているように見える。もし、投票日までにこの炎が鎮火したとしても、当選した日にはまた発火する気がするけど。
アメリカの街はいま燃え続けている。社会、経済、医療分野で普段から不平等な立場に置かれた上、コロナ危機で不公平な大打撃を受ける。小さなウイルスから大きな軍隊までさまざまな脅威にさらされ、日頃から警察に殺されても、政府は味方にならない。そう感じる黒人が爆発したくなる気持ちは分かる。それに共鳴する他の人種の大勢の仲間の気持ちも。理由もなく燃えているわけではない。もちろん過去には、暴動が警察の監査強化、司法制度改正などにつながったこともあるが、それでも放火、略奪、暴力などは許されるものではない。それははっきり言っておこう。
でも、暴動に目を奪われてはいけない。大事なのはこの大炎上を起こした制度、機関や社会自体を変えること。そして、火に油を注ぐ大統領を代えることだ。
<2020年6月16日号掲載>