[7日 ロイター] – トランプ米大統領の支持者が6日に暴徒化し、警官隊を押しのけて連邦議会議事堂に乱入した。その結果生まれた流血を伴う大混乱について複数の司法・警察関係者は、警備態勢の準備が最悪だったと指摘している。
現役あるいはかつての司法・警察などの関係者によると、大統領就任式のような大きな行事の場合、さまざまな治安機関が念入りに警備計画を練り上げるが、11月の大統領選挙結果を議会が正式認定する1月6日の上下両院合同会議は、いつもは地味な存在で、今回もそこまで緻密な警備が整えられないまま開催された。
しかし、トランプ氏の「選挙は盗まれた」という根拠のない主張で気分を高揚させた過激な一部支持者らについては、暴力行為に走る可能性を示す明らかな兆候が事前に幾つもあった。
<議会警察、暴動の懸念あっても応援要請せず>
事件の初期の段階まで、警備対応は議会警察にほぼすべて任されていた。議会警察は2000人から成り、議事堂警備の専門組織だ。他の連邦政府の治安部隊が現場に到着したのは、乱入者が議事堂内部を占拠してから数時間が経過してからだ。
乱入が始まる直前には議事堂のすぐ近くで、大統領選に異議を唱える集会を開いたトランプ氏が演説。投票の発表結果について「われわれの民主主義に対するひどい攻撃」と訴えるだけでなく、支持者らに対し、議事堂まで「米国を救う行進」をしようと呼び掛けていた。
本来であれば、連邦議会による大統領選結果認定はごく形式的な手続きにすぎない。ただ今回に限ってはソーシャルメディア上で何週間も前から、トランプ氏支持者が抗議を計画していること、暴動に発展する恐れがあることが認識されていた。
関係者によると、それにもかかわらず議会警察は公共の安全維持を担当する国土安全保障省など他の連邦機関に警備の応援を事前に要請していなかった。首都ワシントン市長の要請を受けて州兵が出動したのは、議事堂の最初のバリケードが突破されてから1時間以上たった後だった。
議会警察のサンド長官は7日の声明で、今回の事件や警備計画、各種政策措置などを全面的に見直していると弁明。議会警察として、言論の自由を定めた合衆国憲法修正第1条に関するデモ活動などに対応する計画はしっかりあったとした上で、今回はそうした活動ではなく犯罪的な暴動行為だったと指摘。警察官一人一人の振る舞いは、彼らが直面した状況を踏まえれば英雄的なものだったと擁護した。
サンド氏の話では、現場の警察官は鉛でできたパイプや刺激性の化学物質などで攻撃されたもよう。民主党のティム・ライアン下院議員のビデオ会見によると、警察官は最大60人が負傷し、今も15人が入院、1人は重体に陥っている。多くは乱入者から殴打され、頭部にけがを負っているという。
7日午後、ペロシ下院議長はサンド氏の辞任を要求した。下院警備局長から辞職の申し出があったとも語った上で、「議会警察のトップは指導力が欠如していた」と批判した。他の連邦機関にも事前の警備計画を策定しなかった過ちがあるとし、責任は議会警察だけにとどまらず多くの行政機関に及ぶと強調した。
<乱入防ぎ切れない建物構造>
議会警察の各警官が受けている訓練は、議事堂の表玄関へと上がる大理石の階段部分で、抗議者を阻止し建物内部に入れないようにすることが目的だ。しかし、かつて議会警察長官と上院警備局長を務めたテランス・ゲイナー氏は、19世紀に建造された議事堂は窓や扉が非常に多くある構造で、全ての侵入を防ぐのは難しいと認める。
「今回は階段部分の警備を破られた後に、扉と窓の箇所でも防戦に敗れた」という。
映像を見ると、米国の心臓とも言える議事堂になだれ込んだ群衆は歴史的ないくつものホールを勝手気ままにうろつき、バルコニーからぶら下がってみたり、ペロシ氏の執務室をあちこち引っかき回したり、挙げ句にはペンス副大統領が座る上院議長席に腰掛けてみたりと、傍若無人に振る舞った。ロイターが撮影した議事堂内の写真には、南北戦争で奴隷制存続を唱えた南軍の大きな旗を肩に巻いて闊歩する人物の姿もある。これはまるで、南軍は敗北したという歴史的事実を覆すかのような刺激的な情景だ。
ゲイナー氏は「議事堂に乱入される事態など想像していなかった。これは事実ではないと考えたくなる気持ちを無理やり抑え込まなければならなかった。今後はこうした事態の発生を全面的に考慮する必要があるだろう」と話した。
議員からは、警備計画の不備を責める声が聞こえる。テキサス州選出の民主党のビセンテ・ゴンザレス下院議員は「警官はあの状況で良い仕事をしたと思う。しかし(警備)計画が不十分だったのは明らかだ」と述べ、随分と前から練られていた「抗議」活動に対抗し、警察は「圧倒的な力を見せつける」必要があったとの考えを示した。
国土安全保障省の高官は、議会警察が議事堂襲撃にもっと備えているべきだったと主張。こういう事態も想定し、事件発生に際してはもっと応援を呼ぶのが妥当だったとみている。
<まるで警官ネタの喜劇映画>
議会筋によると、民主党議員の一部は事前にトランプ氏支持者の暴動を心配していた。合同会議の1週間以上前に、警戒すべきことや具体的対策について分かっていることを教えてくれと主要関係機関に催促しようとしていた。しかし、誰ひとりとして、重大な情報を収集したり対策を練ろうとしたりした様子はなかったという。
司法省の元高官によると、ワシントンの法執行機関は通常のイベント警備では何週間も、あるいは何カ月もかけて大規模デモへの対策を固めていく。地元警察、議会警察、大統領警護隊、連邦の公園警察などが連邦捜査局(FBI)の指揮本部に集まり、対応を調整する。だが6日の合同会議に向けて、どれほどそうした計画がされたかは不明だ。
トランプ氏の演説会場などの警備計画に詳しい法執行機関の幹部は、議会警察の準備不足に衝撃を受けたと漏らす。「まるで(サイレント喜劇映画で警官ネタを得意とした俳優グループの)キーストン・コップスの芝居のようだった。本来ならば乱入事件は発生するはずもなかった。われわれは全員、トランプ氏支持者が押し寄せると承知していた。警備でいの一番に必要なのは、そこの警備の存在を見せつけることだ。議会警察は本質的には治安警備の部隊だ。議会警察に対する準備がなぜもっとされていなかったのか、理解に苦しむ」と首をかしげた。
もっとも、何年も前から議事堂をどう守るかの議論は公聴会や報告書でされていた。ゲイナー氏は周囲に群衆による襲撃防止のフェンスを建設することを2013年に提案したが、実現していない。議員たちは公衆が議事堂にアクセスできるのを守りたいと考え、要塞のように見えるようにするのを望まなかったため、構想はまったく受け入れられなかったという。
<死者も出たトランプ氏の扇動>
トランプ氏はツイッターで、11月の大統領選の敗北を無効とするために「荒っぽい」イベントを行うと約束していた。これが支持者たちの行動をあおったように見える。トランプ氏は6日の集会では「わが国はもう十分な仕打ちを受けた。これ以上はごめんだ。強さを見せ、強くあらねばならない」とぶち上げていた。
そのトランプ氏がホワイトハウスに戻るところで、何千人もの群衆が議事堂に向かい始めた。目撃者の証言やビデオ映像によると、あっという間に議事堂の外周を突き抜けた群衆を、階段部分で食い止めようと議会警察は圧倒的に多勢に無勢の中で、孤軍奮闘したように見える。しかし、広大な建物の全ての扉と窓を守ることはできず、群衆は中になだれ込み、上院と下院の両議場にも侵入した。
2人の関係者によると、ワシントン市当局は昨年6月のホワイトハウス周辺での反人種差別デモに対して、連邦機関が過激な強硬措置に出た事件の再来を懸念。今回の事件発生の数日前の段階では、軍部隊を現場に送るのを避けたいと考えていたもようだ。ただ当日、市警察の到着にかなり時間がかかった理由は不明だ。
バウザー市長は結局、乱入者が最初のバリケードを乗り越えてから45分前後が過ぎた午後2時ごろ、州兵の出動を要請。ミラー国防長官代理が2時半に、コロンビア特別区の全州兵を動員した。
そのころまでに議事堂内では、議場で議員らにガスマスクが配られ、警察がペンス氏や上下両院の議員を退避させていた。乱入者排除にはペッパー弾や催涙ガスが使用された。乱入者たちは議事堂の備品でドアにバリケードを築き、抵抗しようとしたが、その後は迅速に制圧された。
議会警察の銃撃によって、カリフォルニア州からやってきた元空軍所属の女性、アシリ・バビットさんが議事堂内で撃たれ、死亡した。ソーシャルメディアへの書き込みからは、極右の陰謀論を信奉していたことがうかがえる。
サンド氏の声明では、バビットさんは他の乱入者たちとともに、制止を突破して議員が避難している下院本会議場に向かおうとし、撃たれた。撃った警官は、通常の規定に従い事実関係の調査が済むまで休職になったという。
<「一線を越えたテロ行為だ」>
議事堂乱入は前代未聞の出来事だったとはいえ、危険信号は何日も前から十分に点滅していた。多くのトランプ氏支持者は、極右派が集まる「パーラー」といった、ツイッターに似たソーシャルメディア上で、そろってワシントン行きを計画していたからだ。
投稿内容を見ると、一部では法の目をかいくぐって武器をワシントンに持ち込む方法が議論されていた。極右団体「プラウド・ボーイズ」のエンリケ・タリオ指導者はパーラー上で、同団体が6日のワシントンの集会に参加すると約束したが、4日に当局によって拘束された。昨年12月のデモで建造物を破壊し、銃の弾倉を所持していた容疑だ。本人は罪を認めていないものの、5日にワシントン市からの退去を命じられていた。
プラウド・ボーイズを組織する1人のジョー・ビッグス氏は、6日のデモには65人以上のメンバーが参加したと認めたが、議事堂に乱入した中にメンバーがいたかは分からないと答えた。自身はメンバーに、警官との衝突を避けるよう助言していたと述べた。
過激主義者のソーシャルメディアでの活動監視を担当していた元情報機関高官によると、陰謀論を信じる集団「Qアノン」に関係するツイッターのアカウントで、6日のトランプ氏の集会や暴力行為に言及した投稿は1月1日以降で1480件あった。その中には「愛国者」に向けて「決起」を呼び掛ける内容も含まれていたという。
議会警察で情報活動を担当していたニール・トラグマン氏は、今回の議事堂乱入は想定の域を超えたものだったと強調した。議会警察が普段から備えているのは、もっと小規模で、法を守った上で言論の自由を最大限発揮しようと考える集団だとし、「議会警察の長官が誰であっても、これほど異質な状況にうまく対処できたかは分からない」とも述べた。
トラグマン氏によると、結局、責任は暴動をそそのかしたトランプ氏にある。「これはもはや抗議とは言えない。許されるべき、一線を越えたテロだ」と話した。
(Joseph Tanfani記者、John Shiffman記者、Brad Heath記者、Andrea Januta記者、 Mark Hosenball記者)
(*記事執筆時の情報に基づいています。)