パウエル議長、ハト派からタカ派へ変身説も

 FRBのパウエル議長は、15日、16日に開催された連邦公開市場委員会後の記者会見で、「テーパリング(資産買い入れの縮小)議論を始める」(ロイター)と正式に表明した。実施時期については「一段と顕著な進展の達成はまだかなり遠いが、参加者は進展が継続すると見込んでいる」と語るにとどめ、具体的な言及はなかった。また、共同声明と同時に発表されたドットチャートによると、多くのメンバーが利上げの実施時期を24年から23年に前倒ししたことが明らかになった。利上げの前にテーパリングが始まるため、「量的緩和政策が近く転換に向けて動き出す」との印象を強くした。これを受けて市場関係者の間から「パウエル議長はハト派からタカ派へ変身した」との見方が出るなど、6月FOMCは金融政策転換に向けた転換点になる可能性が出てきた。

目次
記者会見の中身と共同声明
市場関係者の反応
市場への影響
今後の見通し

記者会見の中身と共同声明

パウエル議長はFOMC後の記者会見で、「(テーパリングについて)討議することを開始した」と表明。「FRBの目標に向けた経済の進展について、今後のFOMCで引き続き検証していく」と述べた。政策転換の時期については、「さらに著しい進展」が見られるまで一段の進歩が必要と強調するにとどめ、具体的なガイダンスは示さなかった。ただ「買い入れについていかなる決定を行う前にも、事前に通知する」と述べ、市場との対話姿勢を明確に示した。

 金利・経済見通しについては、「今年のインフレ率が大きく上昇すると予想。ただ上昇は『一過性』との見方がなお示された。今年の経済成長率の見通しは中央値で7.0%。前回見通しの6.5%から上方修正された」。こうした見通しから米経済が予想よりも速いペースで回復している可能性が示され、FRBによる次の政策措置の討議が正当化されることになる。以上はロイター情報。

 ブルームバーグによると議長は「米経済は明らかに進展した」との認識を示した。「月額1200億ドル(約13兆2000億円)としている資産購入の規模を縮小する基準に向けて、経済がどの程度前進したかについての議論があったと述べた。その上で、「一段と顕著な進展の達成はまだかなり遠いが、参加者は進展が継続すると見込んでいる」と語った。また「今回の会合は議論することについて議論する会合だという考え方も可能だ」と話した。テーパリングについて議論を始めたのは事実だが、現時点では実施時期を示せるほど議論が深まっているわけではない。テーパリングの事前準備が始まった程度のものに過ぎない、そんな雰囲気を感じ取って欲しいというのが議長の本音なのだろう。だがマーケットはそうは受け止めない。

 その前に共同声明の中身を点検しておく。まずは米国経済の現状。「ワクチン接種の進展により、米国内の新型コロナウイルス感染症(COVID19)の広がりは抑えられてきた。こうした進展と強力な政策支援が施される中で、経済活動や雇用の指標は強さを増した。パンデミックによる悪影響を最も受けたセクターは脆弱(ぜいじゃく)なままだが、改善を示している。インフレ率は上昇し、これは主として一過性の要因を反映している。全般的な金融環境は引き続き緩和的だ。これには経済および米国の家計・企業への信用の流れを支えるための政策措置も反映されている」

 「委員会(FOMC)はインフレが一定期間2%を適度に上回ることを目標とし、それによって期間平均が2%となり、より長期のインフレ期待は2%でしっかりととどまるようにする。委員会はこうした結果が得られるまで、緩和的な金融政策スタンスを維持する見通しだ。委員会はフェデラルファンド(FF)金利誘導目標のレンジをゼロ-0.25%に据え置くことを決めた」

市場関係者の反応

共同声明が慎重な言い回しに終始しているのに比べ市場関係者の反応は、「時間軸」をかなり先取りしている印象がある。ケンブリッジ・グローバル・ペイメンツのグローバル製品・市場戦略部門ディレクター、カール・シャモッタ氏は、「テーパータントラム(緩和縮小を巡る市場の混乱)は起こっていないようだが、外為市場には影響が見られる。FRBは今回の一連の見通しで、単にインフレ高進や米経済の勢いを認めるだけでなく、本質的には一段とタカ派スタンスにシフトしたと言えよう」とロイターにコメントしている。

 3月以来FRBと市場はインフレ見通しをめぐって対立してきた。市場はワクチン接種の進展に歩調を合わせて回復基調を強める米国経済について、実態は「インフレ含み」と解釈してきた。米長期金利の指標である10年国債の利回りは一時1.7%を上回るなど、金利上昇に拍車をかけた。これに対してFRBは「金利の上昇は一時的」と主張、長期金利の上昇に強引な形でブレーキをかけたのである。

市場への影響

FOMCの決定が「議論のための議論」だとしても、パウエル議長の今回の発言は金融当局の方が市場の予測に近づいたことを意味する。逆に言えば市場の予測に沿う形で当局が動き始めたということだ。市場の予測は当たったのである。本来ならFOMCの決定を受けて市場は悠然と構えていればいいようなものである。だが、現実には逆のことが起こった。

当日こそ「テーパータントラムは起こらなかった」もの、翌日からNYダウが急落、為替は予想以上にドル高に触れたのである。

NYダウを見るとFOMC当日の16日が前日比で265ドル安、17日が同210ドル安と弱含みとなった後、週末の18日には同533ドル安と急落した。FOMC終了後の3日間の下げ幅は1000ドルを超えている。

一方外為市場は18日の終値が対円で110円19銭と16日の同110円07銭に比べてわずかながらドル高が進行した。株式市場は世界的に明らかに「テーパータントラム」が出現したのである。

今後の見通し

今後の見通しはどうか。米国や中国の景気回復を受けて世界中で供給不足が深刻になってきた。自動車向け半導体をはじめ食用油や大豆、トウモロコシといった穀物などに品不足が目立ってきた。中国ではオーストラリアからの輸入を禁止した鉄鉱石の不足が囁かれはじめている。

米国ではコロナによるテレワークの進展で都市郊外での新規住宅需要が急増、木材製品の不足が深刻化している。その影響は世界中に拡大する傾向をみせており、第3次ウッドショックの様相を呈している。

 問題はこうした動きがパウエル議長の言うように「一時的」なものか、それともポストコロナに向けた「構造的」なものか、その判断である。米国のウッドショックは目先収まりつつあるとの見方が出ており、「一時的」説を支持する声もある。半面、半導体や穀物などはサプライチェーンの正常化に時間がかかるとの見方もあり、「構造的」な要素が多分に絡み合っているようだ。

 こうした中でFRBのパウエル議長が「議論のための議論」とはいえ、テーパリングの検討を始めたことは米国にとどまらず世界経済の先行きに大きな示唆を与えたといっていいだろう。ポストコロナが順調に進展したとしても、世界経済を覆う長期停滞が一気に解消することはないだろう。

だが、サプライチェーンの正常化がなんの問題もなくスムーズに進むとも思えない。ポストコロナの世界経済はインフレ要因が絡み始めたことにより、ますます複雑な様相を呈することになるだろう。